そしてリベラルがいなくなった… 中道改革連合が陥った「候補者名より政党名」戦略のワナ、野党を飲み込んだ《時代の独特な空気》の正体
萩生田氏は公明党の東村邦浩都議と近く、八王子市に創価大学など多数の施設を持つ創価学会との関係は悪くなかった。だが、「裏金」発覚以来、両者の関係は一気に悪化。24年の衆院選では立憲民主党の有田芳生氏に7533票差まで追い詰められた。
今回は公明党が中道改革連合となり、真正面からの対決となった。もし東京24区内に3万票はあるといわれる創価学会の票がすべて細貝氏に投じられるなら、萩生田氏にとって前回以上の危機となり、中道改革連合にとって大きな勝利となる可能性があった。
野田氏が感じた「時代の独特の空気」
2月6日午後7時前、京王八王子駅から演説会場に向かうまでの3分ほどの道のりで、数名の若い男性が口々にこう言いながら、細貝氏の顔写真がついているビラを渡そうとした。
「中道です。宜しくお願いします」
帰りも同じ状況で、細貝氏の名前を聞いたのはわずか2度ほど。これでは細貝氏の名前が浸透しようがない。支援者から「小選挙区の候補名ではなく、新党名を」と求められた候補はほかにもいたようだ。
確かに中道改革連合は比例区で42議席と、小選挙区で獲得した7議席の6倍の議席数を獲得。その結果、公明党出身の候補28人は全員当選し、立憲民主党出身の21人を上回った。
そもそも「中道改革連合」という党名自体も、公明党の意向が受け入れられた結果であり、その政策も岡本三成共同政調会長が発案のジャパンファンドを盛り込むなど、公明党カラーが強かった。「時間がない」という制約の下で、立憲民主党系が割を食った印象がある。
その象徴が枝野氏の落選だ。17年の衆院選では「希望の党騒動」で排除された仲間を救い、自ら立ち上げた立憲民主党は55議席を獲得して野党第1党に躍進した。その枝野氏は今回の衆院選で、比例復活もできなかった。
「市民が主役」をスローガンに1996年に結成された民主党の主要メンバーは、こうして政治の表舞台から姿を消した。野田氏が感じたという「時代の独特の空気」とは、まさにこのことに違いない。
歴史の歯車がゆっくりと動き出したのだろう。その先で日本を待ち受けているのは何なのか。
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