「過去の依頼も演出だった?」「もはやヤラセでは」との声も…小6男子"ヤングケアラー"動画で炎上「探偵!ナイトスクープ」演出告白が生む波紋
しかしながら、それでも批判はやまず、番組は1月26日、改めて声明文を出した。そこでは、父親が子どもたちだけを残して外出するシーンや、「米炊いて、7合」といった発言は、「番組の編集・構成上の演出」であり、実情に即したものではないと説明している。
また、依頼内容も「代わりに長男をやって」ではなく、「家族8人みんなで家事や育児を協力しあって頑張っているが、他の兄弟よりも僕が一番頑張っている。他の家族の子供と比べてどうなのか調査して欲しい」という趣旨だったとした。
ヤングケアラーに相当するかどうかは、このコラムでは横に置く。ここでは、メディアに長年携わる者として、SNS上での「テレビ番組の受け止め」について考えたい。
今回の炎上事案を受けて、まず感じたのは、ナイトスクープは1988年開始の長寿番組ながら、このような「視聴者・読者に判断を委ねる」スタイルが、もしかすると時代に合わなくなっているのかもしれないといった点だ。
そもそもナイトスクープは、歴代探偵局長(司会者)が「複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に究明する」と言っているように、ジャーナリスティックな要素を持っている。オモシロ系の依頼が多く忘れがちだが、そのベースには「あくなき探究心」があることを忘れてはいけない。
言い換えれば、“バラエティー”としてパッケージングされた調査報道番組なのだが、バラエティー文脈で「材料」だけを見せる時代には限界が来たのではないかと感じるのだ。タイパの時代には、ひと目で善悪を判断し、断罪したくなる人が多い。またひとたびネット空間に広がれば、コントロールできないことも忘れてはいけない。
「社会課題に切り込んだ」と判断する視聴者も
しかしながら、この見立ては、追加で出された“釈明”によって揺らいだ。そもそもの前提となっている依頼やバックグラウンドが、番組サイドによって演出されているとなれば、それはもう、純粋な「材料」とは言えないからだ。
とは言っても、受け手に判断を委ねている構図があるのは事実だろう。実際にSNS上では「社会課題に切り込んだ」と、番組を賛美する声が目立っていた。たとえ映し出された家庭が虚構なのだとしても、一石を投じたと判断する視聴者は少なくない。


















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