以前は「ちょっと怖い街」というイメージだったが…今や若者・家族連れで大賑わい!「川崎」のイメージを変えた施設の"正体"

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古くから開発が進んだJR川崎駅東口に比べ発展が遅れていた西口に「ラゾーナ川崎プラザ」ができたことで、川崎の街に大きな2つの変化が起きた。

1つ目は、都心らしいファッションや食物販テナントをそろえ、東京、横浜に流れていた買い物客を呼び戻したことである。東口にはない、洗練された都会的な要素を川崎に生み出した。

「ラゾーナ川崎プラザ」は名だたるショッピングセンターを凌いで、売上高日本一となった実績を持つ。広場でイベントを開催して音楽ライブの会場としての地位を築き、遠方から川崎へ人を呼ぶ集客装置の役割も果たしている。

2つ目は、ファミリーからの人気が高まったことだ。「ラゾーナ川崎プラザ」は東口の商業施設と違って低層型で通路幅にゆとりがあり、ベビーカーを押していても買い回りしやすい。大きな広場で子どもを遊ばせることもできるし、子ども連れファミリーへの配慮も行き届いている。

「ラゾーナ川崎プラザ」のある川崎市幸区における15歳未満の年少人口は、1980年頃から減少が続いていた。00年に入りほぼ横ばいであったが、「ラゾーナ川崎プラザ」がオープンした06(平成18)年の1万7958人から、24年には2万2276人まで増加している。年少人口比率は日本全体の数値より高く、子育て世代が集まっていると読み取れる。

夜の街・工業の街から、平日も土日も賑わう商業の街へ

「ラゾーナ川崎プラザ」は、川崎が長年抱えてきた「夜の街・工業の街」という印象を、劇的に変貌させた。

東口にはなかった洗練された都心らしさや、ファミリー向けの買い回りやすさといった要素を付加したことが奏功。川崎は今や、平日も土日も若者や子育て世代で活気づく、県内有数の商業地としての地位を確立した。

続く後編では、川崎はもともとどのような街であったのか、そしていかにして「ラゾーナ川崎プラザ」が開発されたのか。歴史を詳しく紐解いていく。
坪川 うた ライター・ショッピングセンター偏愛家

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つぼかわ・うた / Uta Tsubokawa

ショッピングセンター偏愛家・ライター。新卒で大型SCデベロッパーに就職。小型SCデベロッパーへの転職を経て、フリーランスに。国内外で500以上の商業施設を視察済み。宅建・FP2級。熊本大学卒。

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