【君たちは戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない】丹羽宇一郎氏がZ世代に託した最後のメッセージ

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世界のどこかで戦争が起きても、日本には関係ない、自分たちには関係ないと拱手傍観(きょうしゅぼうかん)できますか。日本は80年戦争をせずに経済発展をしてきたのだから、これからも平和だと楽観できますか。

私には、日本はどんどん戦争に近づいているように見えます。そして国民も、それを望んでいるかのようにさえ見えることがあります。

日本がどこかの国へ戦争を仕掛けることはないと思います。しかし、NATOのような同盟関係の中にある国は、同盟国のいずれかが戦争になったら、自国と対立していない国が相手でも参戦することはあり得ることです。事実、ドイツはNATOの一員として、すでに何度か軍事行動に出ています。自動参戦ではないにせよ、同盟関係によって戦争に巻き込まれる可能性のあることは、第一次世界大戦、第二次世界大戦の例を見ても明らかです。

戦争になれば一般市民も招集される

歴史とは勝者の記録ですから、勝者の記した戦争はすべて自衛のために行われたことになっています。アメリカに至ってはイラク戦争でさえ「先制的自衛」と称して、自衛のために攻め込んだのだから侵略ではないとしました。ロシアのウクライナ侵攻も、ロシア側からすれば、NATOの拡大を防ぐための「先制的自衛」となるでしょう。

攻め込まれたから戦うというのは、大義名分として申し分ない正義の戦いのように見えますが、攻め込んでも攻め込まれても、いずれにせよ一度始まった戦争は、資源とお金を浪費し人命を犠牲にしても止まりません。

いかなる戦争でも当事者は常に正義は我にありとします。正義は我にありと力対力で相手を制圧し、平和を勝ち取るという姿勢を続ける限り、戦争は長期化するし犠牲者が増えるばかりです。この戦争の様相は未来も変わらないでしょう。

そして、最後に行き着くのは第三次世界大戦です。そのとき戦争に参加せざるを得ないのでしょうか。いったい誰が銃をとって戦うことになるのでしょうか。

兵器システムが高度化している現代の戦争では、一般市民が突然銃をとって軍隊に加わっても戦力にはならないと言われています。

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