習近平分析で知られる大東文化大学教授の鈴木隆が著書『習近平研究』で指摘したように、習は若き地方官僚だった福建省時代から海洋政策に強いこだわりを持ち、浙江省時代には今日の軍民融合につながるアイデアを独自に提起していた。そのため習は、12年に中国共産党の総書記に就任してほどなく、中国の一般漁民を国家の海洋戦略に活用すべく、技術的、組織的な準備に着手したと考えられる。
技術的に重要なのは中国の漁船監視システム(VMS)だ。習政権は次世代人類社会の技術基盤として「陸海空天一体型情報インフラ」(空間インフラ)を構築している。人工衛星や海中装置などで幅広く情報を収集し、集めたビッグデータを一体運用して、中国の監視管理網をグローバルに広げようとの試みだ。20年にグローバル運用が始まった中国版GPS「北斗」もその一部で、位置情報だけでなく簡単な文字情報を双方向でやりとりできる。
中国版VMSはこの機能を活用している。VMSの最終端末は、当初は南シナ海で操業する漁船に重点配備されたが、21年からの第14次五カ年計画期には全国で搭載が進んだ。また同時期、習政権は、海洋のモニタリングを行うリモートセンシング衛星網や、中国版「スターリンク」となる低軌道衛星通信網の構築も進めた。
技術開発と国防体制の改革で動員を実現
つまり習政権は現在までに、各海域の状況を詳細に把握しつつ、あちこちに散らばる中国漁船と連絡を取り、それぞれに行動命令が出せる体制を技術的に確立している。浙江省に専業民兵船が2000隻も配置されているとは考えにくい。習政権は新型技術の活用によって、「普通の漁民」の動員を実現したとみられる。
技術の開発と実装に並行して、習政権は国防動員体制も再構築してきた。日米などでは中国が海上民兵をずっと活用してきたように語られがちだが、実際は1980年代以降、中国では漁業分野の脱集団化が図られ、当局は2000年ごろまでに漁民への動員力をほぼ失った。
だが習政権は17年から軍の機構改革(首から下の改革)において、省ごとに置かれた省軍区(組織的には陸軍)に責任を持たせる形で国防動員体制の再構築を進めた。これによって沿海地域では、人民武装部などの正規職員(軍人)の下で、専任の基幹民兵(退役軍人が多い)が中心となり、当該地の漁民を普通民兵として動かす体制が整えられた。彼らはもちろん、海軍や海上法執行を担う海警局とも緊密に連携している。
もっともそうした動きは、当初は海南省など南方の沿海地域が中心だった。ところが20年を過ぎた頃から、東シナ海に面した北方の各省でも海上民兵の組織化が報じられた。たとえば23年12月には山東省日照市で、「魚を取る作業だけをしていた漁民が『漁民+党員+民兵』の三重身分に転換し」、退役軍人の指導下で政治意識の高い民兵組織に転じたと表彰された。
