ダイハツが東京オートサロン2026に出展した「デコトラ」で表現したかったのはダイハツ自身の「生き様」だった

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荷台を持ち上げると、歴代ハイゼットの図柄で輪投げになっているのがわかる。輪が引っかかる棒はシフターと同じクリアなシフトノブ、いわゆる「水中花」である。荷台後部には、昭和を感じる家族だんらんの風景が見える。

インテリアは「金華山」でダイハツの歴史や思いがデザインに織り込まれている(筆者撮影)

内装を見ると、いわゆる「金華山」で統一してあった。図柄としては、11代にわたる歴代のハイゼット、池田市の花「さつきつつじ」、中津市の花「さつき」、そしてウォンバットが描かれている。

このように、この軽デコトラにはダイハツらしさが満載なのだ。

新生ダイハツの新たな一歩に

ダイハツ工業100年史によれば、同社は明治40年(1907年)3月1日、発動機製造株式会社として創業。設立を企画したのは、官立大阪高等工業学校(現:大阪大学工学部)の校長、安永義章博士だ。

創業の志は「国産の内燃機関を開発すること」。戦後になり、昭和26年(1951年)12月にダイハツ工業株式会社へ改称した。

そもそもは「大阪にある発動機製造会社」としてユーザーから「ダイハツ」と呼ばれていたことから昭和5年(1930年)12月、排気量500ccの3輪自動車の発売を開始。以来、商品名としてダイハツを使ってきたという経緯がある。

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乗用車の起点は、ダイハツ創業50周年の昭和32年(1957年)に発売した軽3輪「ミゼット」だ。

ダイハツがデコトラで表現したかった、さまざまな思い。それが果たして、ユーザーやダイハツディーラーにしっかり届いているのだろうか。賛否両論ありそうだが、まずは新生ダイハツの新たなる一歩を祝いたい。

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桃田 健史 ジャーナリスト

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ももた けんじ / Kenji Momota

桐蔭学園中学校・高等学校、東海大学工学部動力機械工学科卒業。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。海外モーターショーなどテレビ解説。近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラファイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

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