「行」という漢字、どう読みますか?日本人が知らない"日本語の不思議"を名門校・駒場東邦の教師が解説!

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8世紀には、朝廷が学生や僧侶に対して「漢籍・仏教の経典を読むときは、呉音の使用を禁じ、漢音を用いるように」と命じた記録も残っています。

また、明治期には、漢籍に造詣が深い人たちが政治や文化のリーダーとして活躍するようになると、漢音が盛んに用いられ、呉音の読みを漢音に改めることもあったようです。明治期に多くの官営工場が設立された「京浜(けいひん)工業地帯」の「京」が、「東京(とうきょう)」を意味しながら「ケイ」という漢音で音読みするのも、それに基づくのかもしれません。

「外国」の「ガイ」や「学校」の「コウ」、「経済」の「ケイ」や「正義」の「セイ」など、現代日本語で最も多く目にする音読みと言えます。そしてこれは正式な言葉や公的に使われる言葉に多い傾向にあります。

唐音(とうおん)――生活とともに入ってきた“新しい音”

最後は唐音です。呉音・漢音が朝廷主導で伝わったのに対し、唐音はより“生活レベル”で入ってきた発音です。

平安中期〜江戸時代にかけて、商人や禅僧・貿易船などの民間交流を通じて、宋・元・明・清時代の中国語が日本に流入したと言われています。

唐音の特徴は、今までとは少し変わって、生活用品・食べ物・禅宗用語に多いというのが挙げられます。中国語の発音をほぼそのまま輸入していて、現在中国で使われている読み方とも少し被る部分があります。

たとえば、「頭」の呉音は「ズ」、漢音は「トウ」ですが、食品の「饅頭(まんじゅう)」の「ジュウ」が唐音です。他にも、「外郎(ういろう)」の「外(ウイ)」、「提灯(ちょうちん)」や「喫茶(きっさ)」の「茶(サ)」などが唐音として当てはまります。

読み方の違いは“歴史が折り重なった証拠”

「行」がギョウ・コウ・アンと読まれるのは、単なる例外ではありません。

日本語の音読みは、1500年以上の歴史の中で、中国の異なる地域・異なる時代の発音が重層的に流れ込んだ結果なのです。

呉音
……日本最古の読み。仏教とともに広まった
漢音
……国家が“正式音”として採用した読み
唐音
……民間交流によって生活語彙として定着した読み

こうした背景を知ると、難解に思える音読みの違いも、一つひとつ意味を持つ「歴史の記憶」であることがわかります。

私たちが普段何気なく使っている漢字には、驚くほど豊かな物語が宿っています。音読みの背景を知ることで、日本語の奥深さがより一層感じられるのではないでしょうか。

小原 広行 駒場東邦中学校・高等学校教諭

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おはら ひろゆき / Hiroyuki Ohara

1967年生まれ。千葉県出身。千葉大学で恩師と出会い、漢文の道に進むことを決意。千葉大学と早稲田大学の大学院を修了し、教育学と文学の2つの修士号を持つ。

授業を受け持った駒場東邦の生徒たちからは、そのわかりやすさから「漢文ネイティブ」の異名を授けられる。2009年よりNHKラジオ「高校講座古典」の漢文を担当(現在は「古典探究」ラジオ第2・Eテレ)。2010年より東京書籍の国語教科書の編集委員。

また、信州大学で年に2回、ゲストティーチャーとして「漢文学基礎」の特別授業を担当。

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