「阪急」隆盛の背景は多角化だけでなかった! 社史が描き出す知られざる創業期の大転換点

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阪神直通線の年間の収支計画は、収入が63万0720円(現代の貨幣価値に換算して約6億1400万円)、支出が23万9778万円(同2億3300万円)、営業利益が39万0942円(同3億8300万円)。利益は建設に要する400万円(同約38億9100万円)の9.8%に相当する。

ちなみに、1915(大正4)年度の箕面有馬電気軌道の収支は収入が70万2960円(同6億8400万円)、支出が47万1781円(同4億5900万円)、おそらくは売上総利益であろう利益金は60万3176円(同5億8700万円)、筆者計算の営業利益は23万1179円(同2億2500万円)と、宅地開発などの事業を含めてもこの数値であった。

「当時、当社の配当はわずか六分五厘にすぎず、会社そのものの前途に対しても相当悲観説が流布されていて、かなり苦境に呻吟(しんぎん)していた(後略)」(『50年史』17ページ)とあるから、阪神直通線は同社の存亡を左右する事業であったはずだ。

大反発で株主総会は混乱

今日の隆盛の礎を築いた小林一三の銅像(写真:PIXTA)

小林は臨時株主総会で次のように語った。
「目下経済界は漸次恢復の曙光(しょこう)を認め、この機会において、当社にて阪神間直通線の計画をなすは、時機を得たものと信ずる。即ち茲(ここ)に本案を提出した次第である。」(『50年史』16ページ)

一部の株主は小林の動議に激しく反発する。「(前略)株主中の数名は同案の撤回を求め、今は工事施工の時期ではないとの反対論を述べたので、総会は混乱し、休憩を宣するまでに至った。再開後も、これら株主の議事妨害は止まず、平賀議長(筆者注、代表取締役の平賀敏)が採決を宣すると、多数の株主は退場し、場内はまた騒然となったが、漸く決議を終了し、いよいよ具体的建設の第一歩を踏み出すこととなった。」(『50年史』16~17ページ)

『50年史』からは臨時株主総会の紛糾ぶりが伝わろうというものだ。仮に阪神直通線の計画が却下されていたらどうなっていたであろうか。たとえが大仰であるが、フランス革命時におけるテルミドール9日の反動で失脚したロベスピエール、サン・ジュストらのように、小林もまた失脚し、箕面有馬電気軌道は解散となったうえ、阪神電気鉄道に吸収されていたかもしれない。

だが、史実ではそのような結末を迎えなかった。株主の多数も阪神直通線こそが箕面有馬電気軌道を発展に導く方策であると考えていたからにほかならない。

「(前略)大正6年2月23日、ついに軌道敷設特許権譲受の認可を得て、すべて有利に解決した。そこで社名を阪神急行電鉄株式会社と改め、宝塚、箕面両線を支線とし、阪神直通線を本線として、いよいよ年来の目的を貫徹するため、積極的に猛進することとなった。」(『50年史』17~18ページ)

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