橋下徹氏は今年8月まで維新の党代表だった 法廷闘争で露になる維新の党の自己矛盾
さらにこの度、民事訴訟を起こすことで興味深い事実が明らかにされた。昨年12月に代表を辞任したはずの橋下氏が、維新の党を離党する今年8月まで、実は党の代表であったという事実だ。維新の党の代理人を務める米山隆一弁護士が30日夕方にブリーフィングを行い、それを説明した。
「代表を変更するには、政党法人格付与法に基づいて新代表の選任を証明する書類を添付しなければならない。訴状を書いていて、読んでみたいと思ったので、大阪法務局で開示請求した。一般には閲覧不可能だが、松野代表から委任状をもらっていたため、閲覧できた」
確かに「政党交付金の交付を受ける政党等に対する法人格の付与に関する法律」の第7条の2では、代表者に変更がある場合は変更の登記をしなければならず、同第2項は、変更を証する代表権を有する者の記名押印した書面を添付することを求めている。
その書面が、5月19日に大阪の本部の事務所で橋下氏と江田憲司氏が審議し、松野氏を代表に選任した経緯が記載された「決定書」だ。そして「議長 代表」として橋下氏、「出席代表」として江田氏と松野氏の氏名が記載され、押印されている。
江田氏は「覚えていない」
「不思議なのは橋下氏についての記載の部分だ。すでに昨年12月23日、維新の党代表を辞意表明している。それなのにどうして、この決定書には代表として書かれているのか」(米山氏)
しかも江田氏はこの「決定書」について、「覚えがない」というのだ。「几帳面な江田氏に『記憶がない』とは考えられない」と、米山氏は訝しがる。
この謎は、いずれ民事訴訟で明らかにされることになるだろう。東京地検特捜部に対する告発も、受理される可能性は残っている。この際だから、全てをすっきりと片づけるべきだ。そうでなければ政治不信は払しょくできず、野党再編は進まない。
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