「10年ぶりに"会った"弟が…」その部屋で姉が見た、"あまりにむごい現実" 「放置したのが悪い」と叩く人は《ゴミ屋敷の事情》を知らない

✎ 1〜 ✎ 68 ✎ 69 ✎ 70 ✎ 71
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

「壁や天井の至るところにビニールひもが吊るされ、そこにビニール袋が無数にくくりつけられていました。風呂場の浴槽の横に取り付けられた手すりにもびっしりと。ビニール袋の中にはきれいに洗われた弁当や総菜のトレーが入っていました。これだけ生活ゴミがあるのに異臭がまったくしない。不思議な現場でした」(二見氏、以下同)

ゴミ屋敷
几帳面に積み上げられたゴミの山。そこに亡き弟の面影を感じる(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ゴミ屋敷
弁当などの空容器は袋にまとめられて壁一面にくくりつけられていた。容器もきれいに洗ってあり、においはしない(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

片付けの作業は2回に分けて行われた。1回目に生活ゴミをすべて取り除き、3カ月後に残りの残置物を撤去する。その間、姉が現場に通い、1つひとつ仕分けていった。遺品整理をしながら弟の死と向き合うための時間を設けたのだ。

ただ、イーブイが片付けの様子を動画で配信すると、「10年間も音信不通の弟を放置していた姉も悪い」といった旨のコメントが多く寄せられた。亡くなってから後悔しているのでは遅い。後悔するくらいなら生前に連絡をとっておけばいい。

たしかに、そう言いたくなる気持ちはわからなくもない。

「10年間のうちに2人に何があったかなんて、第三者にはわからないじゃないですか。絶縁してしまったのかもしれないし、家族にしかわからない問題があったのかもしれません。そこに対して第三者がとやかく言うのは違うと思いませんか」

二見氏はそう異論を唱えた。

誰しもがゴミ屋敷になる可能性がある

二見氏が日々、ゴミ屋敷の片付けを行う中で痛感しているのは、人間の想像力の乏しさだ。それを非難しているわけではない。しかし、想像力の乏しさを自覚することは大切だ。そうすることによって、さまざまな問題の背後にある「その人なりの事情」について考えることができるようになるのだ。

ゴミ屋敷
もともとは母の部屋だったという和室。部屋の中には一歩も入れないような状態だった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
次ページはこちら
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事