校長の「合理的配慮? 何ですかそれは」の言葉に愕然
A氏は今年、複数の私立学校が集う都内の進学フェアに参加した。A氏の子は読み書きに困難がある学習障害で、高校受験を控えている。そのため入試や授業でどのくらい合理的配慮を受けられるのかを確認したかったという。
「私立は対応が手厚いと聞いていたのですが、4校のブースを回ったところ、ほぼ門前払いの対応でした。ある学校の管理職は『うちはそういう生徒を対象にしていない』と返答し、別の学校の校長は『合理的配慮? 何ですかそれは』と言葉自体も理解していない様子でした。今通っている公立中学校では合理的配慮に関して話し合いができていたので、私立学校のトップの認識に本当に驚きました」(A氏)
こうしたケースは特別なことなのだろうか。学習障害の子を持つ母であり、読み書きに困難のある子どもの支援を行う一般社団法人 読み書き配慮 代表理事の菊田史子氏の元には、合理的配慮を受けられないという相談が寄せられている。例えば、今年度は次のような事例があったという。
【事例1】
書字障害の高校生が、特別支援教育の研究が盛んなある大学の総合型選抜を受けるに当たり、パソコンで小論文を書かせてほしいと申請。この大学には合理的配慮を検討する専門委員会があったが、なぜか不可となった。異議を申し立てたが覆らず、手書きで試験に臨むことになった。
【事例2】
私立の中高一貫校に入学した学習障害の生徒は、中学校の校長から「高校入学後に合理的配慮を提供します」と言われたため内部進学した。しかし、進学後に高校の校長から「合理的配慮はしない」と言われた。「事前にわかっていれば内部進学をしなかったのに」と生徒は話す。
「こうした事例はほかにもあると考えています。近年は現場の理解が進み『読み書きができないのは国語の指導や練習不足』と考える先生はだいぶ減りましたが、学校の経営層の中には合理的配慮を知らない人も多いのではないかと感じます」(菊田氏)
合理的配慮の交渉拒否は「法律違反」
合理的配慮について、障害者差別解消法には以下の内容が明記されている。
「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」
つまり合理的配慮とは、教育現場であれば、成績や点数に配慮を加えることではなく、児童生徒が学んだり試験を受けたりする際に障壁となるものを取り除くことを意味する。例えば大学入学共通テストでも、病気や負傷、障害などで配慮を必要とする受験生が申請すれば、回答方法や試験時間、試験室や座席、持参使用するものなど、さまざまな配慮を受けることが可能だ。
また、前述のように障害者差別解消法には「その実施に伴う負担が過重でないときは」と明記されており、学校は求められた配慮をすべて受け入れないといけないわけではないが、配慮の提供が難しい場合は申請者への説明が必要だ。おそらく、こうした法律が示すことの理解がきちんと浸透していないから、トラブルが起こってしまうのだろう。
学校側のコンプライアンス意識にも課題がありそうだ。事例1・2のような対応で問題なのは、学校が合理的配慮の交渉自体を拒否していることだと菊田氏は指摘する。
「合理的配慮の交渉を拒否することは法律違反、コンプライアンスの問題。私立学校もこれまで努力義務はあり2024年4月から義務化されることはわかっていたのだから準備をしておくべきでした。私立学校には補助金が支払われているので、合理的配慮を拒否する学校になぜ血税が使われているのかと批判されてしまうリスクもあるわけですが、丁寧な対話が経営の観点からも重要であることを理解している経営層が少ないように感じます。また、合理的配慮を求める側も、法律では前例がないことを理由に学校側が断ってはいけないこと、合理的配慮がなされない理由を聞く権利があるということを知っておくことは重要であり、何を根拠にどんな配慮が必要なのかをきちんと交渉する力が求められます」
なぜ私立学校は合理的配慮の提供を敬遠するのか?
一方、私立学校にも事情があるようだ。私立学校の内情に詳しいB氏は、「合理的配慮が必要な子は学習障害だけではなく、ASDやADHDなどさまざま。しかし、私立学校は人件費など経営上の問題から支援学級の設置は厳しく、特別支援教育のスキルを持った教員も少ないので、対応が難しいのです」と明かす。
また、保護者からの反発を恐れている面も大きいという。
「発達障害のお子さんが、その特性からトラブルを起こすことも少なくありません。小・中学校時代に発達障害の子から暴力を受けるなど何らかの被害を受けて『もう関わりたくないので私立を受験した』というお子さんや保護者は一定数いるので、そうした家庭の反発を招きたくない学校は多いのでしょう。また、学校側は発達障害のある子がいじめの加害者になった場合、被害者を守りながら加害者の特性に配慮するという難しい対応が求められますし、逆に発達障害の子がいじめ被害に遭うことも。手厚い配慮をする私立学校もありますが、トラブルの頻発で志願者が減るのを恐れる学校のほうが多いのだと思います」(B氏)
しかし、こうした背景を踏まえても「合理的配慮を知らない、交渉を拒否するといった対応はコンプライアンス不足」だとB氏は指摘する。
法改正前に「条例」で合理的配慮を義務付けた東京都の現状
私立学校における合理的配慮の提供の現状を行政はどう見ているのだろうか。東京都 生活文化スポーツ局 私学部 私学行政課 課長の福本卓也氏はこう話す。
「東京都では、障害者差別解消法改正前の2018年に『東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例』を施行しています。これは障害を理由とする差別を解消するための必要な体制整備を目的に定められたもので、都内の民間事業者に合理的配慮の提供を義務付けるというものです。この条例の制定以来、東京都としても合理的配慮を含めた人権についての研修会等を私学向けに行ってきました。しかし、条例や法案の内容を説明するだけではなく、さらなる周知が必要だと考えています」
冒頭のA氏が参加した進学フェアでの私立学校の対応については都も把握しており、「保護者の方がたくさんいらっしゃる中で配慮の不足したコミュニケーションになってしまったことは残念であり、われわれも重く受け止めなければいけません」と福本氏は言う。
私立学校の合理的配慮に関する相談があった場合は、学校にフィードバックを行っているというが、東京都の条例に違反しても罰則規定はないため、都の対応は「学校にしかるべき対応をするよう促す」行政指導という形にとどまる。
とはいえ、都もこの状況を傍観しているわけではない。「実践的な話を聞きたい」という現場の声を受けて2024年11月、同課主催で「私立学校向け 合理的配慮の提供に関する研修」を開催。前出の菊田氏と学習障害のある人、弁護士を迎え、当事者の視点と私立学校のガバナンス改革という観点から合理的配慮を学べる構成にした。都内の私立学校70〜80校から、現場の教員をはじめ管理職、経営層まで100名超の参加があったという。
「合理的配慮が必要なのは、発達に支援を要する児童生徒さんだけではありません。児童生徒の事情は千差万別ですから、学校は資源や教職員の体制などを丁寧に説明したうえでどのような寄り添い方をするか、保護者側もどこまで調整できるか、双方で模索する必要があります。法律や都の条例が目指すのは建設的な対話です。合理的配慮の提供は義務化されたので、今後さまざまな対話の事例が蓄積されていくでしょう。ただ、私学は先生の異動もありませんから、他校の取り組みを知る機会がなかなかないのかもしれません。先進的な取り組み事例の共有なども、われわれの使命だと思っています」(福本氏)
現場教員の思いから変わり始めた学校も
ボトムアップの形で変わり始めている私立学校もある。2024年11月に成城学園では同教育研究所主催で菊田氏の講演会「気づけば伸ばせる学習障害〜読み書き困難の解決をめざして〜」が行われた。「児童生徒の状況に応じて、学び方を選べることが当たり前になるような風土を全学でつくっていきたい」という現場教員の思いから実現したものだという。
「学校側に合理的配慮の用意があっても、保護者がわが子の学習困難を認めないために子どもが合理的配慮を受けられないこともあります。合理的配慮には保護者のコンセンサスが必要ですから、今回の講演会には教員だけでなく保護者も参加できる形にしていただきました」(菊田氏)
すると、保護者を中心に幼稚園から大学までの教員、計60名強の参加者が集まり、教員と保護者それぞれの視点から学習困難や合理的配慮に関する質問が次々と寄せられたという。
「公立学校で学習困難や合理的配慮についてお話しすると、試験の配慮はどうすればよいかという質問が中心になります。しかし、成城学園では先生方から『普段の学び方においてどんな工夫ができるか』『この子たちを育てていくにはどうすればいいか』という質問が多く寄せられました。先生方がテストというタスクではなく、その子の成長に照準を合わせているのだと思います」(菊田氏)
同学園では今後、教員有志が中心となって、合理的配慮を含む学習支援やインクルーシブ教育の体制づくりを数年かけて研究していく方針だ。来年は、中高の教員を対象とした研修のほか、幼小中高の教員が合理的配慮について学び合う合同研究会を実施する。「先生の異動もなく児童生徒1人ひとりの成長を長期スパンで見守っていける私立だからこそできることがあると、希望を感じています」と菊田氏は語る。
大切なのは子どもの学習機会が確保されることだ。大学入学共通テストの受験上の配慮事項を見てもわかるように、学習障害を含む発達障害に限らず、さまざまな人が合理的配慮によって学びの機会を失わずにすむ。
私立学校においては、とくに経営層や管理職が理解を深めることはもちろん、合理的配慮を求める側も必要な配慮とその根拠を早めに明らかにしておくことが大切になるだろう。双方が互いの状況を丁寧に説明して建設的に話し合っていくためにも、合理的配慮に関する正しい理解と学校間での事例や知見の共有が求められる。
(文:吉田渓、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:マハロ/PIXTA)