真珠湾攻撃の裏で暗躍した「二重スパイ」の正体 戦場の英雄やセレブなどの顔を持った"怪物"
本書によって白日の下にさらされたのは、ラトランドの身柄をめぐるアメリカ海軍情報局(ONI)とFBIの確執だ。危険を察知したラトランドは、ONIのエリス・ザカライアス少佐と蜜月関係を結び、二重スパイとなった。日本海軍の情報を渡すことで、身の安全を確保しようとしたのである。しかし、エドガー・フーバー長官率いるFBIは、アメリカの安全を危うくする存在を野放しにできなかった。両者の攻防は、FBIの勝利に終わり、大日本帝国海軍のスパイ作戦に従事していた立花止中佐の逮捕へと発展する。全米のスパイ網を統括するワシントン駐在武官の横山一郎大佐は激怒し、危機は最高潮に達した。
FBI捜査官が目撃したラトランドのある行動
尾行を続けていたFBI捜査官は、ラトランドの思いもよらない行動を目撃する。ワシントンのONI本部の局長を訪ねると、日本軍の先制攻撃について語り、「いつ攻撃が来るか」わかると告げた。その足で、日本海軍の駐在武官室に向かい、門前払いを食らうと、5分後にイギリス大使館に駆け込み、カウンター・インテリジェンスへの協力を訴えた。いわば三重スパイになろうとしたのである。しかし、この不用意な行動が、命取りになった。
ラトランドは、爆撃機でイギリス本国に送還されると、海軍情報部長と面会した。この時、証言を聞き取ったのは、秘書のイアン・フレミング。のちにスパイ小説の金字塔「007シリーズ」の作者となる。日本海軍のスパイ網に食い込んだ唯一無二の存在だったラトランドは、売り込みに自信を深めていたが、情報機関のMI5は危険視していた。
当時、イギリスは、ナチスドイツの軍事的脅威に直面していた。チャーチルの狙いは、アメリカを第2次世界大戦に参戦させることであり、イギリスの“英雄”が反米的なスパイ行為に手を染めていた事実は不都合だった。
ラトランドは、真珠湾攻撃のニュースをBBCのラジオ放送で聞いた。その直後、刑務所に連行されると、裁判なしで二年間にわたる拘留生活を送った。釈放されたラトランドは、戦後ウェールズの小さな村で、謎の死を遂げる。息子に宛てた最期の手紙には、「私の人生は、冒険にあふれていた」と記されていたという。
MI5やFBIは、ラトランドの存在を歴史の闇に封じ込めようと血道をあげた。いったい、なぜか? ドラブキン氏は、真珠湾攻撃の予兆を見逃した英米情報機関の決定的ミスを隠蔽するためだったと鋭く推理する。
まもなく戦後80年。力作ノンフィクションを通じて、熾烈な国際情報戦に身を投じたスパイたちの数奇な運命と、真珠湾攻撃をめぐる歴史秘話を堪能してほしい。
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