真珠湾攻撃の裏で暗躍した「二重スパイ」の正体 戦場の英雄やセレブなどの顔を持った"怪物"
公開されたイギリスの極秘文書から、ラトランドの行動が、情報機関MI5に監視されていたこともわかった。ラトランドは、泳がされていたのだ。スパイの追跡や暗号解読などを駆使し、国際情報戦を展開していったイギリスは、日米が開戦すると、いちはやくラトランドを拘束した。
注目すべきは、MI5の尋問に対して、ラトランドが、日本海軍だけでなく、アメリカ海軍情報局に通じた「二重スパイ」だったと告白している事実だ。そして終戦の2年後、ラトランドはガス中毒で、謎の死を遂げた。
新作ノンフィクションが明かす「歴史の空白」
こつぜんと消えたラトランドの足取り。謎の死と、二重スパイとしての活動。開戦直前、日本海軍の情報網は、アメリカFBIの攻勢で、事実上壊滅していた。なぜラトランドは、日本を裏切ったのか。二重スパイだったとしたら、アメリカ側とどのような取引を行ったのか。イギリスもアメリカも、その後「鉄の沈黙」を守り、機密解除されるまで、ラトランドの存在は事実上抹消されていた。
長い歴史の空白を埋め、積年の謎に光を当てたのは、今年11月下旬に刊行された翻訳ノンフィクション『ラトランド、お前は誰だ?』(河出書房新社)だ。著者のロナルド・ドラブキン氏は、インテル出身のエンジニアで、シリコンバレーで起業家やベンチャーキャピタリストとして成功を収めた。異色の経歴の実業家が、なぜ二重スパイに関心を抱いたのか。それは、まったくの偶然の導きだった。
コロナのパンデミックが世界を席巻した2020年、外出できず、暇を持て余していたドラブキン氏は、家族の歴史を調べてみようと思い立った。実は、祖父と父は、諜報活動に従事していた。何か手掛かりがあるかもしれないと思い、FBIに情報公開を請求した。その時偶然、ラトランドのファイルがごく最近、機密解除されたことを知り、好奇心に火が点いた。手に入れた文書を徹底的に読み込み、現場を歩いてラトランドの足取りを追い、日米両国で情報戦に詳しい専門家を訪ねて回った。