日銀の政策転換に際して「賃金と物価の好循環」のフレーズが頻出した。マクロ経済学者が統計を丹念に追って浮かび上がらせる日本経済の実像。
現在のところ、「物価と賃金の好循環」(以下、「好循環」)と呼ばれるシナリオで日本経済が順調に進展しているように思われている。輸出企業の好業績とサービス産業の人手不足を背景として、春闘は満額回答で活気にあふれている。こうした賃金上昇が物価に転嫁されて2%のインフレが定着し、デフレ脱却も視野に入ってきていると歓迎されている。
2024年3月19日、日本銀行は、「好循環」を根拠にデフレ脱却を確信し、マイナス金利政策やイールド・カーブ・コントロール(YCC、長期金利に上限を設けている政策)の解除を決定した。
「好循環」を伴ったデフレ脱却は、2013年4月から実施された異次元金融緩和、2016年1月に決定されたマイナス金利政策、そして同年9月に導入されたYCCのもっとも重要な政策効果であった。そうした政策効果が確認されれば、大胆な金融緩和政策が解除されるのは当然のことであろう。
しかし、ここで立ち止まって、事実を慎重に確認する必要があるのではないであろうか。
論じられるデータ、無視される統計
「好循環」を主張する日銀や政府も、「好循環」と判断するエコノミストやアナリストも、「好循環」を報じるメディアも、その根拠となるマクロ経済データをまったく引用していない。
確かに、順調な春闘、輸出を支える円安、堅調な株価など、限られた経済データはさかんに論じられている。しかし、「好循環」の根拠というのであれば、頻繁に引かれるはずの物価統計、労働統計、GDP統計(国民経済計算)は、ほとんど用いられていないのである。
その理由はとても簡単である。2020年初から現在に至っても、「好循環」と矛盾するようなマクロ経済データばかりだからである。ここまでマクロ経済データを無視して、金融政策をはじめとしたマクロ経済政策が論じられているのは、きわめて異例な事態である。
本稿では、2020年以降、「好循環」を示すようなマクロ経済データがまったく不在であることを示していきたい。
日本銀行は、マクロ経済データの裏付けがないのにもかかわらず、見せかけの「好循環」だけを根拠として、マイナス金利政策やYCCを解除してしまった。すると、その後にまったく正反対の現実に接して、政策解除は頓挫し、さらには逆戻りしかねない。
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