沖縄で自衛隊の新訓練所計画が失敗した理由 軍事的合理性と地元感情が対立する構造続く

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海上自衛隊のイージスアショア艦が大気圏外を飛行する弾道ミサイルを撃ち落とし、航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)が撃ち漏らして地上に落ちてきたミサイルを迎撃して、在日米軍基地の被害を減らす。陸上自衛隊の地対空ミサイルもPAC3と同様だ。さらに、陸自地対艦ミサイルで中国本土のミサイル基地を叩き、中国軍の台湾上陸阻止の一翼を担うという役割分担だ。

【2024年4月1日15時45分追記】初出時の記述に誤りがあったため、上記について修正しました。

うるま市のゴルフ場跡地へは、PAC3が配備されている恩納分屯地から車で約15分、那覇基地・知念分屯地から約1時間でアクセスできる。台湾有事の際には、空自のPAC3を新訓練場に配備すれば、嘉手納基地の防衛態勢を手厚くすることができる。陸自勝連分屯地からゴルフ場跡地までは車で約40分だが、勝連から嘉手納弾薬庫に直接向かえば約30分だ。空自と陸自が連携して嘉手納基地・弾薬庫を守る。

「軍事的合理性」が不合理に

このように、軍事的合理性だけ考えれば、うるま市ゴルフ場跡地は最高の立地といえる。しかし問題は、そこに人が住み、生活を営んでいることだ。陸自の地対艦ミサイルは移動式で、隠れた場所から撃つことで敵のミサイル被弾を避けることが想定されている。だが陸自ミサイル部隊が、ゴルフ場跡地から車で約20分の石川岳などを盾にしてミサイルを撃ち、敵のミサイルから沖縄本島内を逃げ回る作戦を展開すれば、島は灰燼に帰すだろう。

沖縄県は、国民保護法にもとづく住民避難に関して、これまで図上訓練しか実施していない。しかも、先島諸島だけで本島は対象となったことがない。そのような状況で、陸自ミサイル部隊の沖縄本島配備が実現し、訓練場も建設されようとしている。台湾有事となれば、米軍と自衛隊は、どう逃げればよいかもわからない住民を巻き込んで、沖縄本島を戦場にすることになる。

3月に発表された米戦略国際問題研究所(CSIS)報告で、著者のハル・ブランズとザック・クーパーは、台湾に近い沖縄本島、宮古島、石垣島、与那国島は「死活的に重要な不動産」であり、もしアメリカが大量の長距離地対艦ミサイルを各島の最外部に配備できれば、台湾海峡における軍事バランスを一晩でひっくり返せるとする。

しかし、同時に彼らはこうも指摘する。沖縄の住民はこの地域での自衛隊増強に複雑な感情を抱いており、米軍もとなればどんな小規模でも反発するだろう。もし米政府が強引にやろうとすれば、地域住民を敵に回して失敗に終わる危険がある。ブランズとクーパーは、フィリピンでも同様の問題が起きているとし、軍事的合理性と地元感情の対立を解消する答えは簡単には見つからないという。

今回の訓練場新設計画の最大の失敗は、この点に尽きる。そこに人が住み、生活を営んでいることを無視して、軍事的合理性だけで物事を進めてもうまくいくはずがない。

山本 章子 琉球大学人文社会学部国際法政学科准教授

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やまもと あきこ / Akiko Yamamoto

1979年北海道生まれ。一橋大学法学部卒。編集者を経て、2015年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。沖縄国際大学講師などを経て、2018年より琉球大学専任講師。専攻・国際政治史。著書に『日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年』(中公新書)、『米国と日米安保条約改定――沖縄・基地・同盟』(吉田書店、2017年、日本防衛学会猪木正道賞奨励賞受賞)など。

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