「尊敬するお子さま」は金正恩の後継者なのか? 父娘のツーショット写真を公開する政治的意図

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そもそも自らの家族を国民に見せる金正恩の姿勢は父とは明確に異なっている。金正日(キム・ジョンイル)時代にも妹の金慶喜(キム・ギョンヒ)や、その夫である張成沢(チャン・ソンテク)が重用されたものの、北朝鮮メディアで動静が報じられるのは党や政府の高位に就いている人物としてであり、金正日の親族だからではなかった。金日成(キム・イルソン)の妻である金正淑(キム・ジョンスク)も同様で、抗日パルチザン闘争を夫と共に戦った英雄と位置付けられていた。

このような特徴は、金正恩が2011年末に権力を継承した直後から見られた。2012年7月に北朝鮮の国営メディアが金正恩の現地指導に同行する若い女性の姿を伝えるようになり、同月末に夫人の李雪主(リ・ソルチュ)だということが明かされたのである。平壌市内にできた綾羅(ルンラ)人民遊園地の完工式に金正恩が夫人同伴で出席したというニュースで、金正恩の腕を取って一緒に歩く李雪主の写真が世界に配信された。

李雪主はその後もたびたび金正恩の現地指導などに同行し、腕を組む仲むつまじい姿をアピールした。2018年3月の金正恩訪中に同行した際や、9月に韓国大統領の文在寅(ムン・ジェイン)が平壌を訪問した際には、昼食会や晩餐会で相手方の夫人と席を並べるなどファーストレディとしての役割を務めた。しかも『労働新聞』は、敬称を付して「尊敬する李雪主夫人」が夫人外交を担う様子を報じていた。金正恩の母である高容姫(コ・ヨンヒ)が北朝鮮メディアに全く出てこなかったのとは好対照をなしている。

「尊敬する」という修飾語の意味

そして、2022年11月には娘の存在が初めて公開された。新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17型」を試射した際、金正恩と一緒に姿を見せたのである。北朝鮮メディアは「愛するお子さま」も試射に立ち会ったと報じた。

少女はその後もさまざまな場に金正恩とともに姿を見せるようになった。2023年2月には朝鮮人民軍創建75周年を祝う閲兵式(軍事パレード)を観覧する雛壇に現われた。呼び方は当初の「愛するお子さま」に加えて「尊貴であられるお子さま」が使われていたが、この閲兵式からは「尊敬するお子さま」という呼び方も多用されるようになった。「尊敬する」という修飾語は、後継者として登場した時期の金正恩のほか、既に述べたとおり李雪主にも使われた時期があったが、現在は娘にしか用いられていない。金正恩の妹である金与正(キム・ヨジョン)には使われたことすらない。

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