大阪メトロ中央線「20系」は何が特別だったのか 引退直前、検車場での「最後の月検査」に密着
2004年、20系に転機が訪れる。中央線と相互直通運転を行う近鉄けいはんな線(当時は東大阪線)では、2006年に生駒―学研奈良登美ヶ丘間を延伸開業するのに合わせて、最高速度の時速70kmから時速95kmへの向上が計画された。これには車両側の対応工事が必要となるが、ちょうど20系が制御機器の更新時期を迎えていたことから、谷町線に所属していた20系全9本を、中央線の新20系9本と交換。20系に速度向上の対応工事を行うこととしたのだ。
「もともと20系は最高時速70kmを念頭に設計されていますので、制御装置だけでなくモーターなども時速95km対応のものに交換する必要がありました。制御装置は、これまでGTO素子のものを床下の両側に搭載していましたが、当時最新だったIGBT素子を使った小型のものに交換したことで、床下の片側にまとめることができました。もう片側は、重量バランスの関係で機器箱が残っているものの、その中はほとんど空っぽです」(谷口さん)
第1編成は2014年に廃車
2014年には車両運用の都合で余剰となった第1編成が廃車されたものの、残る15編成は令和になっても活躍を続けてきた。だが、2022年に10系が引退したことで、20系は大阪メトロで最古参に。中央線が大阪・関西万博のメインアクセス路線となるのを機に、全車が置き換えられることになった。
中央線への新車導入は、大阪・関西万博の開催に間に合わせるため急ピッチで進められ、これに呼応して20系の廃車も急速に進行。2022年8月から1~2カ月に1本のペースで減り続け、2024年3月20日のお別れイベントが“最後の花道”となった。
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