シリコンバレー、他国がまねても失敗する根本理由 表面だけを見ていてはわからない深い背景

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シリコンバレーと金融や政府のハブ――東海岸のツタのからまるアイビーリーグ大学は言うまでもない――との地理的、精神的な分断は、その大きな長所でもありアキレス腱でもあった。イノベーションは、小さくて緊密にネットワークされたコミュニティ内で起こり、そこでは友情と信頼が、専門的なリスクを取って、専門的な失敗を容認する人々の意欲を高めた。

だがシリコンバレーの緊密なサークルは、工学と金融の世界がすべて白人男性だけの時代に生まれたので、極度のジェンダーと人種的な不均衡が織り込まれることになった――このため、どんな製品を作るか、どんな顧客に奉仕するかについての視野が狭まった。

近視眼はそれに留まらなかった。シリコンバレーの工学支配的な文化は、すごい製品を作って市場を広げることだけに対する、妄執じみた専念をもたらし、結果としてその他の世界にはほとんど関心を向けなかった。政府の制度機関や旧弊な産業の仕組みなんか、気にする必要などないだろう。そいつらをひっくり返し、はるかによいものをもたらすのが目標なんだから。未来を作っているんだから、過去のことなんか気にするまでもない。

「ニューエコノミー」と「古い経済」の深い絡み合い

だがここでもまた、革命の現実は革命の神話とはちがったものとなっている。門番の守衛どもを押しのけ、頑固な権力構造を解体し、ちがった考え方をしようという決意は確かに強かったが、ハイテクの「ニューエコノミー」は古い経済と深く絡み合っていたのだ。

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ベンチャー資本はロックフェラー家やホイットニー家や、労働組合の年金基金からきていた。マイクロプロセッサは、デトロイトの自動車やピッツバーグの製鉄の原動力となった。1970年代のスタグフレーションと1980年代の脱工業化の中で、アメリカのすべてがもっと希望に満ちた経済ナラティブを求めていたとき、旧弊なメディアと旧弊な政治家たちはハイテク企業をほめそやし、そのリーダーたちをセレブに仕立てた。

この活動はすべて、第2次世界大戦中とその後の巨大な政府投資に依存していた。宇宙時代の防衛システム契約から大学研究補助金、公立学校、道路や税制までその幅は実に広い。シリコンバレーは、現代アメリカ史の主流におけるただの脇役ではなかった。それは最初からずっと、ど真ん中に位置づけられていたのだ。

シリコンバレーの物語は、起業家精神と政府、新しい経済と古い経済、遠大な発想のエンジニアたちと、そのイノベーションを可能にした技術とは関係ない何千人との物語だ。他の工業国も何らかの形でその起業精神の錬金術をまねようとしてきたが、シリコンバレー企業はその結合組織と転覆力を世界中に広げたとはいえ、これはアメリカだけの物語となる。

そしてそれは、きわめて運のいい時と場所に生まれたものだ。第2次世界大戦終戦からの驚異的な四半世紀における、アメリカの西海岸だ。そこでは技術志向で適切なコネと冒険心を持った若者には、壮大な機会が待ち受けていることもあったのだ。

(訳:山形浩生・高須正和)

マーガレット・オメーラ ワシントン大学教授

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Margaret O’Mara

アメリカ政治史、ハイテク経済の成長、そして両者のつながりについて執筆、教鞭を執る。著書に『Cities ofKnowledge』『Pivotal Tuesdays』がある。ペンシルベニア大学で修士号/博士号、ノースウェスタン大学で学士号を取得。研究者としてのキャリアを積む前は、クリントン政権時代のホワイトハウスに勤務し、ブルッキングス研究所で寄稿研究員を務めた。夫のジェフと2人の娘とともにシアトル近郊に在住。

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