ノーベル賞級の素材容器で起こすガスの流通革命 素材ベンチャーAtomisが古い業界に参入する訳

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量産を外部の会社に任せられればいいのですが、新素材だとそうもいかない。ある程度の量、ワンロット100キロぐらいつくるまでは社内で生産技術を確立して、特許やノウハウを押さえておく必要がある。知財化できれば将来的に大企業からライセンスフィーとしてもらえる可能性も高くなります。

あと、やっぱり多孔性配位高分子を専業で行っているスタートアップっていうのが、アジア圏では非常に少ない。「Atomisに聞けば何とかなる」っていうところまでは持っていけたらいいなと思ってます。

リスクヘッジしながら、ゆっくり浸透する

井上:VCは嫌がらないですか。

浅利:よくVCからは「1本に絞れ」と言われます(笑)。ただ僕は、素材ベンチャーは絞らないほうがいいと思っています。素材ベンチャーは資金調達が難しい。また、早く大きなお金を入れたからといって急速に伸びるわけでもない。市場にゆっくり浸透していく。

素材ベンチャーはリスクヘッジが重要ですし、うまくポートフォリオを組むほうがいい。だから僕たちは、この状況を理解してくれるVCから資金を調達してきました。大企業のCVCには理解していただきやすいのですが、プライベートVCからの理解を得るのは難しかったというのが正直なところです。

井上:伺っているとまさに車の両輪です。業界の常識を覆すようなビジネスモデルを応援しています。

Atomis 設立:2015年2月 所在地:兵庫県神戸市 資本金:20億3219万5000円 社員数:23人 投資ラウンド:シリーズB(2023年5月時点)
井上達彦教授

 

経営学者・井上達彦の眼

冒頭で述べた「顔」というのは、経営学でいう「アイデンティティー」にほかならない。これまでの研究から、会社や事業のアイデンティティーが、スタートアップ企業の成長を左右するカギだとされている。
命題にも下記のようなものがある。
「起業家の語るストーリーが、潜在的なステークホルダーの期待、関心、議題と共鳴するものでなければ、新しい事業を正当化するアイデンティティーを構築することはできない」
Atomisのアイデンティティーは、もともと①ノーベル賞級の技術に裏付けられた素材カンパニー、というものであった。しかし、これでは成長への期待や関心が得られない。だからこそ素材カンパニーとしての顔は、中核をなすものとしていったん沈めたようだ。
その上で、ステイクホルダーたちには別の顔を見せる。「ガスをガスとして売るのではなく、サービスとして売る」と述べているように、②配送情報を提供して効率化するというサービス事業者としてのアイデンティティーを確立し、既存のガスディーラーたちを支援する。Atomisが何者かであるかが明確だからこそ、パートナーも安心して協力できる。
さらに、将来的には、地方で発生するメタンガスを都市に届けるようなマッチングサービスを行い、③地球温暖化を防ぐエネルギー企業のアイデンティティーを確立する。
これによって、「メタンといえばAtomis」と知れ渡るようになる。新しい市場と自社を重ね合わせるようにして成長するというようなストーリーを描くことができるのである。実に巧みなアイデンティティーのマネジメントではないだろうか。
また、これらを包括するようなビジョンを示せているのが大切だ。というのもアイデンティティーが揺らぐと投資家たちは離れていくからだ。一貫するか、あるいは包摂するように広がっていくのが望ましいとされる。
もちろん、ビジネスモデルそのものが有望でなければ、いくら優れたアイデンティティー・マネジメントをしても資金は集まらないし、成長も果たせない。Atomisには優れたビジネスモデルが備わっている。今後の成長が楽しみである。
井上達彦教授がディープテック16社を訪ね、ビジネスモデルをとことん問う連載記事はこちらから
井上 達彦 早稲田大学商学学術院教授

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いのうえ たつひこ / Tatsuhiko Inoue

1968年兵庫県生まれ。92年横浜国立大学経営学部卒業、97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士(経営学)取得。広島大学社会人大学院マネジメント専攻助教授などを経て、2008年より現職。経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、ペンシルベニア大学ウォートンスクール・シニアフェロー、早稲田大学産学官研究推進センター副センター長・インキュベーション推進室長などを歴任。「起業家養成講座Ⅱ」「ビジネスモデル・デザイン」などを担当。主な著書に『ゼロからつくるビジネスモデル』(東洋経済新報社)、『模倣の経営学』『ブラックスワンの経営学』(日経BP社)などがある。

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