血糖値の測り方が変われば糖尿病のケアが変わる Provigateは稀有なチームで未踏の山に挑む

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実践の経営学を探究する井上達彦教授がディープテックを訪ね、ビジネスモデルをとことん問うてゆく。世界に羽ばたくイノベーションの卵に迫る。

「失敗のパターンは定型化できるが、成功のパターンはない」

スタートアップの世界では言い古された言葉だ。しかしこれに異を唱える起業家がいる。世界に類例のない、画期的な糖尿病患者向け行動変容サービスの開発を進める株式会社Provigate(プロヴィゲート)代表取締役の関水康伸さんだ。

「成功のパターンなど当然ありません。しかし、少なくともディープテックの領域で打率を上げる再現性の高い要素であればいくつか挙げることができるかもしれません」

関水さんが指摘するその要素とは「①極めて優秀なチーム」が「②超巨大な市場」に標的を絞り「③自律的で自由なサイエンス」を進めるため「④潤沢な資金」を注入することだ。日本では、①はあるが、②の視点が弱く、③をサポートする④がないことが課題だと指摘する。

発明とイノベーションは異なる。関水さんはインタビューの中で「Invented in Japan, Innovated in the World」が何度も繰り返されてきたことを指摘する。日本人は発明(invention)が得意でもイノベーションは苦手。世界の競合がおいしいところをもっていってしまう。

関水さんは、稀有なチームによる自律的で自由なサイエンスの現場を作ることによって、イノベーションを生み出すことに挑戦している。

井上:世界に糖尿病のある方は5億3700万人(成人の約10%)いると言われます。血糖値を定期的に検査して治療しないと失明したり、心不全や脳梗塞で命さえも危うくなります。

関水さんは、もともと涙からグルコース(ブドウ糖)を検知して血糖値を測定するという画期的なアイデアからスタートしたと伺っていますが、どのような経緯があったのでしょうか。

関水:2014年10月のことです。当時、私は香港のPE(プライベート・エクイティ・ファンド)で働いていたのですが、前職のコンサルティング会社勤務時代にヘルスケア系のプロジェクトが多かったこともあり、お世話になった先輩から、「東京大学の先生がグルコースモニタリングの面白い技術を開発した。どう実用化に結び付ければよいかアドバイスが欲しい」と相談を受けました。

初めは「グルコースモニタリングはレッドオーシャン(競争の激しい分野)だから、絶対やめたほうがよい」という話をしようと思っていました。しかし、会ってみるとこの先生が抜群に面白い。初めてお会いした飲み会ですっかり意気投合してしまいました(笑)。「自分たちでやってみるか」ということで香港の会社を辞めて帰国しました。

ミイラ取りがミイラになったというわけです。

日本がふいにした7億ドルの技術

井上:大胆ですね、よほど意気投合されたんですね。

関水:もちろん勢いだけで決めたわけではありません(笑)。

Provigate関水康信 代表
関水康伸(せきみず こうしん)1979年生まれ。東京大学理学部卒 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(PhD)。経営コンサルティングファーム、PEを経て株式会社Provigateを2015年に起業(Provigate提供)

その先生は坂田利弥先生と仰るのですが、調べてみると実績がすごい。Nature Biotechnologyの特許被引用ランキングでは、2015年、2016年にいずれも4位となっています。

この発明を一つのきっかけにアメリカではIon Torrent(イオントレント)というスタートアップが起業され、成功を収めています。

坂田先生によれば、Ion Torrentのチームの「実用化開発」は実に鮮やかだったそうです。特許を調べてみると確かにその通りで、坂田先生の基礎発明の周囲を丁寧に数十件の特許出願で埋めています。実にしたたかです。

Ion Torrentはその後、Life Technologiesという会社に7億2500万ドルで買収されています。もし坂田先生のネタを日本のアカデミアがきちんと支え、盤石な知財ポートフォリオを作り、さらにこれに民間が十分なリスクマネーを投じて事業化すれば、7億ドルの成功事例になっていたはずです。

このような惜しい事例は、古くは日本光電のパルスオキシメーター、日立のシークエンサー、東大の野地博行先生が発明したデジタルELISAなど枚挙にいとまがありません。

私が坂田先生と初めてお会いした時に、「またInvented in Japan, Innovated in the Worldか!」と日本人として忸怩たる思いになったのと同時に、「この人は天才だ。この人の発想はいつか人類を救う」との直感を得たのです。

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