西ケ谷:標的として決めた酵素が本当のターゲットではなかった場合です。医薬でも起こるのですが、酵素の動きは確実に止めることができたけど、細胞が全然死なない。実はその酵素は生物の体内で重要じゃなかったという問題です。
初期にターゲットを間違えて、それに気づかないうちに、お金がどんどんなくなる。4、5年経った後でわかったりすると、その間の投資が一気におじゃんになって負債を抱えてしまう。これを避けるには、生体内でどの酵素がどのような働きをしているかを調べる必要があるのですが、これがすごく難しい。
このリスクを農薬会社の経営層はあまり取りたくないわけですよ。なので「ぶっかけ法」を続けてきたわけです。また、方法を変えると雇用にも影響します。ぶっかけのほうは化学者が主役ですが、分子標的法は生物学者が必要なんです。
医薬のビジネスモデルを農薬に持ち込む
井上:医薬ではこの問題をどのように克服したのでしょうか。
西ヶ谷: 20年くらいかけて変えていきました。ずっと化学者が主役だったんですが、大手製薬会社では、リストラが進められました。化学者をどんどん切って、その代わりに生物学者、ゲノムとかAIが扱える生物学を雇っていった。製薬会社は売り上げ規模が大きいのでそれができるんです。しかし農薬会社はなかなか難しい。
井上:そこにベンチャーとしての役割がある。農薬業界のジェネンテック社となって、医薬のビジネスモデルを持ち込めるのですね。
西ヶ谷:そのとおりです。ただ、そのためには超えなければならない壁があります。
医薬には、治験フェーズ1・2・3というのがあって、フェーズごとに当局が審査して、次に進めるかどうかをチェックできる。フェーズ1が健常者に少しだけ投与して安全性を見る。フェーズ2が病気がある少数の人に投与して有効性を見る。フェーズ3が規模を拡大して患者に投与する。厚生労働省がしっかりチェックするんですね。
いわば、国家がベンチャーのデューデリをやってくれているんですよ。
農薬にはこういったフェーズがない。1・2・3がなくて、最後の1回の審査だけなので、医薬と違って途中にマイルストーンを置くことができず、どれだけの潜在的な価値があるかをベンチャーキャピタルが見極めることができない。ここが農薬ベンチャーが育たない最大のボトルネックです。
井上:フェーズが進めば進むほど、その化合物の有効性が高まり、マネーも集まる。ところが、フェーズがないとその潜在価値が評価できないというわけですね。
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