西ヶ谷:一部の殺虫剤は、第二次世界大戦中の毒ガス研究の成果を農薬に応用したものですし、枯葉剤は農業用の除草剤を転用したものです。農薬メーカーは、100年以上の歴史のある総合化学メーカーをルーツに持つことが多く、第二次世界大戦中にそれらの生産や研究に関わっていたこともあることから、いまだに「死の商人」と揶揄されることもあります。
現在の農薬は、非常に安全なものになっているにもかかわらず、このようなイメージはなかなか払拭できない。
農薬って虫を殺すわけですよ。草も枯らすわけですよ。やっぱり「農薬って、自分たちの人体にも害があるじゃないか」となる。それを科学の力を使って、より安全にするのがわれわれの仕事です。
井上:技術的に安全性を高めることは可能なのですか?
西ヶ谷:医薬品のやり方を取り入れれば可能です。
われわれの体の中で働いている何万種類という酵素の中に、がん細胞にとって重要な酵素があります。その酵素を止めることで、がん細胞は増殖しないけれども、正常な細胞はちゃんと増殖するようにするのが最近の抗がん剤です。これを「分子標的薬」というのですが、がん細胞で活発に働く特殊な酵素を叩くだけなので、正常な細胞には害がない。
同じように、雑草は持っているけどもヒトは持っていない酵素があって、その酵素向けの薬剤を開発すれば、雑草は枯らすけれどヒトには害をもたらさないんです。
手当たり次第からピンポイントに
井上:分子レベルというのがポイントですね。裏を返せば、今までそれをやってこなかったということでしょうか。
西ヶ谷:やってきませんでした。農薬の対象って雑草とか害虫なので、分子レベルで見るより、とりあえずいろいろな薬剤を作って手当たり次第投与して、どれが効くかを見るほうが効率的だったんです。これを「ぶっかけ法」と言います。
ただ、これだけに頼ると、他のものも殺すかもしれない。だから、法律でかなり厳しく対策がとられていて、ネズミを使った動物実験を何十匹やれとか、何年間やれというのが定められている。
それが今は、いろいろな生物のDNAが解読されているので、コンピューターを使いながら、どの酵素がどの分子に効くのかをある程度予測したり検証できたりするようになった。だから、「分子標的法」は注目され始めています。
井上:なるほど。ただビジネスとして考えると、コストも時間もかかりそうですね。
西ヶ谷:初期の段階だと、分子標的法のほうがコストが数倍かかります。ただ、ぶっかけ法は毒性試験の段階で毒性があると判明すると、開発中止になるんです。トータルなコストで見ると、毒性リスクや開発中止になったときのコストのほうがはるかに大きい。分子標的法ならこれが少ないので、トータルなコストは若干よくなると思っています。
井上:毒性リスクというと、とても恐ろしい響きがありますね。
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