その人なめりと見たまふに、いとをかしければ、太刀抜きたる腕(かひな)をとらへていといた拙(うつ)みたまへれば、ねたきものから、えたへで笑ひぬ。
「まことは、うつし心かとよ。戯れにくしや。いでこの直衣着む」とのたまへど、つととらへて、さらに許しきこえず。「さらばもろともにこそ」とて、中将の帯をひき解きて脱がせたまへば、脱がじとすまふを、とかくひきしろふほどに、ほころびはほろほろと絶えぬ。
中将、「つつむめる名や漏り出でむ引きかはしかくほころぶる中の衣に 上に取り着ば、しるからむ」と言ふ。君、
かくれなきものと知る知る夏衣きたるをうすき心とぞ見る
と言ひかはして、うらやみなきしどけな姿に引きなされて、みな出でたまひぬ。
<意訳>「なんだ、太刀を振るったのは頭中将か」とわかると、おかしくてしょうがない。源氏は彼の腕をつかんで、強くつねった。頭中将はこらえきれず「バレたか」と笑った。
「バカか、お遊びにしてもやりすぎだろ。ほら、俺は直衣を着るから」と源氏は言った。
しかし中将が源氏の腕を離さず、衣を着させない。そんなことするんだったら、と源氏は「じゃあ君も脱げよ」と中将の帯を解いて脱がせようとする。お互い装束を脱がせまいとして、引っ張り合う。すると衣は、ほころびのところから破れてしまった。中将は、
「つつむめる名や漏り出でむ引きかはしかくほころぶる中の衣に」(ほころんだ衣から、隠していた浮名が漏れ出てしまうんじゃない?)と詠みつつ、「破れた服を着て外に出たら、目立つでしょうねえ」と言った。それに対して源氏は、
「隠れなきものと知る知る夏衣着たるを薄き心とぞ見る」(夏の衣は薄いから、そもそも何も隠せないよ。きみの浮名も隠せないだろ)
と詠み交わした。そしておそろいの気楽な格好になって、2人で帰っていった。
2人そろって、どうやら服を脱ぎ捨てて帰宅したらしい。そして翌日、残してきた指貫や帯が源典侍から届けられたのだった。
紫式部の読者サービス?
彼らが源典侍の家に残した「指貫」とは、袴――つまり現代のズボンである。さらに「帯」つまりベルトもなかった。どんな格好で帰ったんだよ、いったい、と言いたくなる場面である。
この「おばあさんとの逢瀬に乗り込んで来た親友と、服を破り合って、そのうえ服を一部脱ぎ捨てて帰る」という描写に、私は紫式部の熱意を感じてしまう。同性愛ではないが、それにしたってこんな場面を用意するのは、読者サービスの一種ではないだろうか……なんて想像が膨らんでしまうのだ。
頭中将は、光源氏の正妻の葵の上の兄であり、親友であり、そしてなによりライバルでもある。そんな頭中将と光源氏の関係は、意外にも熱く、1000年経った今なお2人のファンが増えてもおかしくない。そんな男同士の関係のように思えてしまう。
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