大学講師が介護ではまった「年収200万円」の沼 ヘルパー代は払えず、授業の準備もままならない

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また子供に障害があるケースの多くは、母親が仕事を辞めざるをえない状況になってしまう。

「平均年収以下どころか無職になる確率が高く、低収入になってしまうことは多いと思います。しかし実態が把握されているわけではないので、今後の国税庁の給与実態調査では、低収入の人の内訳まで調査することが必要だと思います。例えば家族に障害や介護があるのか。色々なケースがあると思うので、そのうえで解決策を探っていかなければならないと思います」

保育や介護の劣悪な職場環境

著書に登場する「平均年収」「平均年収以下」の人々から共通して語られたのが、保育士や看護師、介護士などのケアワーカーの過酷な職場環境だ。経営者の気分次第で給与が下がる会社や、苛烈なパワハラ、つらい夜勤など。働けば働くほど気力、体力が失われていく。ケアワーカーの待遇の改善にはいったい何が必要なのだろうか。

「業界全体が常に人手不足なのに、多くの職場が働く人を大切にしていません。仕事の負担の大きさに対して賃金が見合わないことがケアワーカーの長年の問題として存在しています」

保育士、介護職の待遇は、世論の後押しによって2022年2月から岸田文雄政権の賃上げ政策の一貫で処遇改善が行われることになった。ケアワーカーの処遇を改善するためには何が必要なのだろうか。

「保育所や介護施設はほとんどが公金で運営されているので、国民がケアワーカーの賃金をどう考えるかによって変わると思います。政治は『どこに力を入れれば人気が取れるか』を見て動くので、世論が高まればケアワーカーの賃金を上げようとするでしょう。

ただ、運営費が増えたところで実際に賃金が上がるかは経営者次第なところがあります。例えば私立の認可保育所には、運営費を弾力的に運用することが許されています。本来、運営費の8割以上を占める人件費を他の目的の支出に流用することができてしまうので、人件費を4~5割程度しかかけない法人が続出しています。こうしたケアワーカーの賃金が決まる仕組みについても国民が関心を持つべきです」

小林さんは、就職氷河期世代の雇用問題や親の介護に「老い」が加わることで、事態はさらに深刻化すると考えている。

「取材した48歳の男性は『健康診断は受けない、自分に老後はこない』と自分に言い聞かせていました。そのくらい、自分が歳をとったり障害を抱えたりすることに恐怖心を抱いている人が多いと感じました」

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就職氷河期世代は若い頃から不安定な雇用や長時間労働で疲弊している。そこに収入だけではなく「健康格差」が広がっていくことを小林さんは懸念している。

「40代、50代の人は『親の介護』を何となく意識する機会があるかもしれません。ですが、自分自身が突然倒れて要介護になってしまうことは十分あり得ます。

介護をしているとストレスが溜まりやすいし、お金の心配をしながら暮らすのは非常につらいと思います。看護の世界で注目されているのは海外の研究結果で、夜勤で深夜2時以降に働いて光を浴びているだけで、女性は乳がん、男性は前立腺がんのリスクが高まるとされていることです。

今は副業が奨励され、平日の勤務が終わった後夜遅くまで別の仕事をする人が増えています。本書でも、会社員の仕事に加えて休日はウーバーイーツで稼ぐ男性を取り上げました。若いうちは乗り切れても、歳をとってからそれが健康を害する原因になりかねません。そもそも、国が副業解禁を勧めるのは、『日本の賃金はこれ以上がらない、国民は終業後も働いてくれ』という宣言だったと思います」

雇用や収入の格差が、これからは命の長さに影響するかもしれない。

「格差社会で『健康格差』が広がっていくことを考えると、介護や障害で支援を要することになったとしても『生活に困らない社会』を目指さなければいけないと思います。それを訴えていくためにも、労働、子育て、介護、教育など全ての問題が繋がっていることを知っていただきたいと思っています」

都田ミツコ 編集者・ライター

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とだ みつこ / Mitsuko Toda

1982年生まれ。編集者・ライター。編集プロダクションでの勤務を経て、フリーランスに。

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