大都市エリートが民主主義を滅ぼしてしまう理由 「新自由主義」への反省と民主的多元主義の再生

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本書『新しい階級闘争』は、戦後実現した「民主的多元主義」の安定した政治が、1970年代に始まった新自由主義に基づく「上からの革命」の影響を受け、機能不全に陥った結果、今日のアメリカでは国民統合が揺らぎ、分断が深刻化していることを指摘し、また、その分断の解消をどのように図っていくべきかについて論じるものである。

リンド氏の第1の関心はアメリカ社会であるが、本書の議論は日本社会の現状を考えるうえでも大きな示唆を与える。

新自由主義が生み出した国民の分断

各章の概要を示しつつ、本書の内容を紹介したい。

リンド氏は、アメリカをはじめとする現代の欧米諸国で新しい階級闘争が生じていると考える(第1章)。前述したように1970年代から上流階級の高学歴の管理者(経営者)層(エリート層)が主導する「上からの革命」が生じ、新自由主義に基づくグローバル化推進策が徐々にとられるようになったからである。新しい階級闘争は、グローバル化推進策から利益を得る管理者(経営者)エリート層と、そこからほとんど利益を得ることのない庶民層(中間層ならびに労働者層)との間の対立である。こうした対立は、現在では、経済、政治、文化(価値)の各領域に及ぶ。

この対立は、国内における地理的な分断も生んでいる(第2章)。管理者(経営者)エリート層は、ニューヨークやロサンゼルス、あるいはロンドンやパリといった大都市に暮らす場合が多い。その結果、知識や技術、交通の結節点、つまり「ハブ」と呼ばれる大都市と、庶民層が多く暮らす「ハートランド」と称される郊外や地方という地理的分断も顕著となった。

新しい階級闘争を鎮める方策を考察するために、リンド氏は、それ以前の階級闘争の帰趨を振り返る(第3章)。かつての階級闘争は、いわゆる資本家と労働者との闘争だった。古い階級闘争は、2度の世界大戦を経験する中で、国家を仲介役とし、両陣営が妥協策を積み上げていったことが契機となり、これが戦後の福祉制度に引き継がれ、解消に向かった。リンド氏はこれを民主的多元主義(democratic pluralism)の政治と称する。労働組合をはじめ、農協などの協同組合、各種業界団体、政党の地方支部、教会(宗教団体)、ボランティア組織などのさまざまな参加型の中間団体が、国民の多様な層の声を集約し、政府がそれらを拾い上げ、相互調整し、偏りなく行っていく政治である。民主的多元主義を通じて、労働者は資本家に対し拮抗力を持つことができた。

しかし、こうした暫定協定は長続きしなかった。上からの新自由主義革命が生じたからである(第4章)。各種の妥協策が覆され、各層の利害が調整されなくなった。そして、管理者(経営者)エリート層の利益が、経済、政治、文化の各領域でもっぱら推進される不公正な社会へとアメリカをはじめとする欧米社会は変質してしまった。

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