「模造品」をも味方に付けるハイブランドの超戦略 グッチは2018年に「本物と偽物とのコラボ」実施

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こうしたハイブランドは、もちろん中古だけではなく、新品を販売するときにも対策を強化しています。シリアルナンバーを顧客情報と紐づけて管理・追跡調査し、転売に関わったと判明した顧客にはそれ以降は販売しないことで本物の価値を守っています。ロレックスは新品購入時に顔写真つきの身分証明書まで求めるほどです。

その一方で、偽物と知ったうえで購入する層の中には、「自分で楽しむだけなら問題ないだろう」と楽観的に考える人や、あえて偽物を身に着けるスリルを楽しむ人もいて、偽物市場をいっそう複雑にしています。

「本物」の肥大化とともに偽物も氾濫する。そんな時代に、本物と偽物の攻防そのものを一段高いところに立って利用するかのような現象も出現しました。2018年にアレッサンドロ・ミケーレ率いるグッチは、「ダッパー・ダン」コレクションで「本物と偽物とのコラボ」なるものをやってのけました。

ダッパー・ダンとは、1982年から1992年にかけて、ニューヨークのハーレムを拠点にハイブランドの華麗なる海賊版(ブートレグ)をつくり、「ブートクチュール」というジャンルを生んだアフリカ系アメリカ人のデザイナーです。当時のヒップホップ界のスターやボクサーの間で人気でしたが、最終的にはブランド側に訴えられてビジネスを終えました。

グッチも当時の「被害者」だったわけですが、ミケーレはブランド価値を毀損したほかならぬその「加害者」とコラボして、「正規」のコレクションをつくったというわけです。フェイクと融合した本物は、もはや真偽を問うことすらナンセンスにしてしまう妖しのオーラを放っていました。ちなみにグッチはこのコラボを「ファッションサンプリングの比類ない例」と自賛しています。

本物のジュエリーを誇示するのは下品?

本物と偽物の関係には、知的な興味を呼び起こさせるケースが少なくありません。両者は互いに互いを必要とし、ときに世の価値観を転覆してしまうことさえあります。その最たる例が、ココ・シャネルによるコスチューム・ジュエリーでしょう。

シャネルは「本物のジュエリー」の誇示を下品と断罪し、「偽物で遊ぶことこそ洗練の証」だとしてコスチューム・ジュエリーを世に出しました。本物と偽物を融合してしまったシャネルは、結果として、アクセサリーの可能性を大幅に広げることに貢献します。

シャネルのそうした動きにも助けられて、当時、ヨーロッパで「真珠裁判」を闘っていたミキモトも、養殖真珠を世に受け入れさせることに成功したのではないでしょうか。

1920年代当時、御木本幸吉の養殖真珠は、世界中から偽物として激しいバッシングを受けていました。高価な天然真珠でビジネスを行っていた西洋の宝飾業界にとっては、安価な養殖真珠が出回ったらひとたまりもないからです。いじめに近い締め出しに遭ったミキモトは、すごすごと引っ込むことはせず、裁判で闘い続けるのです。

最終的には物理学者が「天然真珠と養殖真珠は物理的組成において同じである」という趣旨の証明をすることで、ミキモトの養殖真珠は晴れて本物の真珠として認められることになります。ただし、物理的には本物と認められたわけですが、「天然=本物」の見方が残る中で、「養殖=人工=偽物」という見方はくすぶりのまま残っていました。

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