孤立出産した技能実習生が逮捕「日本の深い闇」 「妊娠を誰にも告げることができなかった」

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動揺するのは当然だ。出産の痛みと死産のショックが重なったのだ。しかも異国の地での孤立出産である。

肉体的、精神的に疲弊した状態ではあったが、リンさんは、とにかく自分なりに死んだ子どもたちを弔わなければいけないと考えた。

まず、双子の遺体をタオルで包んだ。それぞれ名前をつけて、便箋に「ごめんね」「安らかに」など弔いの言葉を記した。それらを箱に納め、テープで封をしたうえで、自室の棚の上に安置した。リンさんは遺体と一緒に一晩を過ごした。

翌日、雇用主に連れていかれた病院で、リンさんは出産したことを打ち明ける。医師が警察に通報したことで、リンさんは死体遺棄容疑で逮捕されたのであった。

”死体遺棄”とは?

考えてもみてほしい。リンさんが出産してから逮捕されるまで、約30時間である。しかも弔いの言葉まで添えて部屋の中に安置していた。これのどこが「死体遺棄」なのであろうか。

「死体遺棄罪」(刑法190条)とは、「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得」の行為が問われるものだ。「死者に対する追悼、敬虔の感情という社会秩序を乱した」ことにより、3年以下の懲役が定められている。

「死体遺棄」の典型として連想されるのは、例えば人を殺害し、その遺体を山中などに埋めるといった行為だ。だが、リンさんは遺体をどこかに移動させたわけでもなく、一晩ずっと寄り添っている。しかもただ放置したわけでもなく、リンさんなりの葬祭行為もおこなっている。

だからこそ、「こうのとりのゆりかご(通称・赤ちゃんポスト)」の運営で知られる慈恵病院(熊本市)の蓮田健院長は、裁判所に提出した意見書で次のように記した。

〈孤立出産で心身ともに疲弊しているにもかかわらず、嬰児を埋葬する準備をしたリン氏の行為は優秀の域にある。この行為が罪に問われるとなれば、孤立出産に伴う死産ケースのほとんどが犯罪と見なされてしまいかねない〉

リンさんはけっして赤ちゃんを捨てたわけではないのだ。

だが、一審の熊本地裁は「死産を隠したまま私的に埋葬したのは、国民の一般的な宗教感情を害することは明らかである」として、懲役8月、執行猶予3年の判決を言い渡した。

二審の福岡高裁は「放置したわけではない」として一審判決を破棄したが、箱に納めた行為が「隠匿」に当たるとして、やはり有罪判決を下したのである。

孤立出産を「犯罪」とみなす警察や司法の問題と同時に、この一件から浮かび上がってくるのは「妊娠を誰にも告げることができなかった」という実習生の置かれた環境だ。

リンさんは帰国を迫られることを恐れていた。実際、妊娠を理由とした解雇、強制帰国といった事例がこれまでにも相次いでいるからだ。

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