アーノルド・パーマーは、別格の存在だった

1960~70年代のビッグスリー

古いゴルフファンは知ってのとおり、1960年代から70年代にかけて、米国ツアーのスーパースターは、アーノルド・パーマーにジャック・ニクラス、それにゲーリー・プレーヤーを加えてのビッグ3。その頃の自分は、やっとプロテストに合格して、道を歩いてもまだ誰も自分のことを知らない状態。ビッグ3のテレビ番組を見ては、こんな世界もあるんだと心熱くしていたんです。

プレーぶりは、ジャック・ニクラスとゲーリー・プレーヤーが比較的、手堅いゴルフ。逆にアーノルド・パーマーは華やかで攻撃的。実は、このパーマー型のゴルフにあこがれていましてね。いつかこんな選手になってみたいと思っていたんですが、当時の自分はとてもおこがましくて口には出せませんでした。ですから、今でも心の中でアーノルド・パーマーは別格です。ジャックやゲーリーには、「や~久しぶり」と言って腕を肩に回してあいさつできるんですが、パーマーには握手をして頭を下げるのが精いっぱい。

「イサオ、よく来たね」

そのパーマーに、番組で自宅まで会いに行くと、その日は体調が悪くとても会える状態ではなかったようです。では工房だけでも番組のために、と見せていただき帰ろうとすると、誰から聞いたんでしょう、自分が来ているのを知って部屋から出てきてくれたんです。「イサオ、よく来たね」、握手をしながら、テレビにかじりついてあこがれた頃、米国ツアーに温かく迎えてくれたあの頃、いろんなことを思い出し自然に涙があふれました。ゴルフはいいもんだ。一生懸命になればなるほど、数多くの親友ができるものです。

週刊東洋経済 2月28日号

ライフの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • 大槻奈那先生、金融の修羅をゆく
  • 人生100年時代を生き抜く働き方
  • 最新の週刊東洋経済
  • 離婚親の選択
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
-

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

ログインしてコメントを書く(400文字以内)
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
小野薬品vs.本庶京大教授<br>大型新薬めぐり深まる溝

本庶佑教授と小野薬品工業がタッグを組んで生み出したがん免疫治療薬「オプジーボ」。ところが、本庶氏が特許の正当な対価として150億円の支払いを求め、小野薬品工業を提訴する方針を固めた。両者の関係はなぜこじれてしまったのか。

  • 新刊
  • ランキング