日本企業の「戦略暴走ケース179編」に何を学ぶか 戦略論は容易なのに実際の戦略は難しい真因

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予期せぬ変化に襲われることだけが確実に予期できる世界では、こう指すと相手は多分……という勝手読みは命取りになりかねない。何手先まで読むかを競うより、数手先に現れるであろう局面の優劣を的確に判断できる棋士が勝つ。

結果が確定した棋譜で、投了局面から初手に向かって盤面を巻き戻す作業が意味を持つのは、そのためである。名人クラスになると局面をパターン認識して優劣の判断を下すというから、驚嘆するほかはない。

戦略の世界も、局面のバリエーションは無限に近い。そのうえ、競合他社や神様が思わぬサプライズを繰り出してくる。そこに思い至ると、ケースという名の棋譜が存在することに合点がいく。

これは経営教育に先鞭をつけたハーバードビジネススクール(HBS)が開発し、1世紀にわたってMBAの学生に課してきた教材である。フルに2年間在籍すると、積み上がるケースの総数は500を下らない。プロ棋士の鍛錬法と一脈相通ずるところが面白い。

強くなりたければ、戦略論(定跡)を超えてケース(棋譜)を研究するしかない。そうすることで、コンテクスト(盤上の駒配置)の微妙な違いの意味を嗅ぎ取る力を鍛えることが、遠回りのようで早道になる。

そう考えて、研究に値する日本のケースを体系的に選び出し、パターン認識がしやすいよう並べ替え、HBSと同じ桁の数を取りそろえたのが、この本である。

体力・気力が衰える前に頭の熟成を促す

もちろん、HBSの2年間を1冊の本に凝縮しようと思えば、どこかに皺を寄せなければならない。記述量を保持する道を選べば、収録できるのは高々20ケースになる。それはそれで一局の将棋と言えよう。

だが局面のバリエーションを知り、サプライズに頭を慣らす鍛錬に主眼を置くためには、20前後では話にならない。本書で数を取って記述量に皺を寄せたのは、そこを考えてのことである。

一般に長く生きているとさまざまなコンテクストに行き当たり、その意味を汲み取る技に長けてくる。しかし自分の経験だけに頼っていては学習に時間がかかるため、戦略を任せても大丈夫という信任を受ける頃には、どうしても体力や気力の衰えが目立ってしまう。

そこで時間を買いに出たのがHBSと考えれば間違いない。歴史、すなわち他者の経験を教材とすることにより、読者には頭の熟成を加速していただきたいと願う次第である。

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