「アベノミクス」で安倍元首相が残した負の遺産 目標未達が逆説的に安倍政権の長期化に作用した

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政権後期は、「金融政策だけでは賃金上昇や高成長は望めない」と悟り、安倍首相は積極財政へ軸足を移す。森友・加計学園問題で政権支持率が低迷する中、17年10月に「消費増税の増収分の使途を国の借金返済から幼児教育無償化に変える」と表明、またもや解散総選挙に打って出た。

増税分の使途変更は事実上国債増発による財政拡大に等しい。この頃は与野党とも財政規律の緩みが蔓延しており、安倍政権は3度、消費増税を選挙材料に活用した。

もちろんアベノミクスは、高齢者や女性の就業拡大、失業率低下、インバウンド(訪日外国人観光客)増大などを実現し、成果を得た。

振り返ると、アベノミクスは当初約束した賃金上昇や経済高成長を実現し支持を得たわけではない。反対に、経済成長が不十分だとしてアクセルを踏み続けることを選挙に利用した面が強い。それが長期政権化を可能にし、外交や安全保障で足跡を残す基礎をつくったといえるだろう。

日銀に対する風当たりが強まる可能性

問題は、アベノミクスのこれからだ。安倍政権以降、菅義偉政権、岸田文雄政権ではアベノミクスが継承されている。だが、コロナ禍、ウクライナ危機による供給制約や好調な需要を背景に、冒頭で触れたようにアメリカは40年ぶりのインフレとなり、金利上昇(金融引き締め)が急速に進んでいる。

依然としてゼロ%程度に金利を抑制する日本との金利差が拡大し、足元では日本が金融危機下にあった1998年以来の1ドル=137円台前半まで円安が進んだ。これに対し、黒田総裁は「日本では賃金上昇への波及が見られず、インフレは一時的」として金融緩和を堅持する姿勢だ。

だが、日銀や政府が待ち望むようにアメリカのインフレや金利上昇が急速な金融引き締めでいずれは峠を越えるとしても、その後も構造的に以前より高いインフレ率や金利水準が維持される可能性はある。また、国内の家計もアベノミクス当初と違い、インフレに直結する円安を歓迎しなくなっている。日銀への風当たりは強くなりそうだ。

大局的に見れば、現在は前述したシナリオ②から③、つまり、悪い円安の進行やインフレによる金利上昇に追い込まれかねない状況に移行しつつあるといえるだろう。

金利上昇に対する日本経済の脆弱性は今では巨大だ。日銀のバランスシートは世界でも突出した膨張を見せ、その結果、仮に短期金利(当座預金への付利率)を1%引き上げただけで日銀は短期間で債務超過に陥る。

また、金利上昇は国債利払い費の増加で政府の予算を圧迫し、住宅ローン金利の上昇などを通じて景気も冷やす。割引率(金利)の上昇により、株式や不動産など資産の価格下落も招くだろう。

安倍首相が指名した黒田総裁の任期は23年4月まで。岸田政権下で日銀が金融政策の修正に動くかは不明だが、正の遺産と同様、安倍政権が残した負の遺産もまた大きいと言わざるをえない。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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