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「共感力がある人」と実はない人の決定的すぎる差 「共感アピール」をする人はとってもウザい

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  • 横山 信弘 アタックス・セールス・アソシエイツ 代表取締役会長
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「連休はどうされたんですか?」
「家族と北海道へ行ってきました」
「え、北海道ですか! それはいいですね。私も北海道、大好きなんですよ。いいなあ、北海道」
「1年に1回は北海道へ行くことに決めてるんです」
「1年に1回、北海道へ旅行するなんてステキですね。うわあ、羨ましい。私が北海道へ行ったのは、もう3年ぐらい前かな。出張で札幌に1泊しただけなんですけどね」
「……」
「ところで、どうして1年に1回北海道へ行くんですか?」
「子どもが好きで」
「へえ、お子さんが! お子さんが北海道へ行きたいなんて言ってきたら、親としては『じゃあ、行こか!』みたいな感じになりますよね」
「ええ、まあ」
「私の子どもなんて、親とはどこにも行きたくないなんて言ってまして。本当に可愛げがないですよ。それに比べていいですね。ちなみに、お子さんはおいくつですか?」

 

やたらと共感すると、相手の引き出しではなく、自分の引き出しを開けてしまう。こうなると”自分語り”がどうしても増える。相手が話しやすいようにと共感しているつもりだろうが、話す量が多くなりすぎる。その分、相手は話せなくなるのだ。

単純に相手の発言を認めるだけでいい

共感力は大事だが、イチイチ自分の感情まで表現しなくていい。アクノリッジメント(存在承認)だけでいいのだ。

「家族で北海道へ旅行した」

「家族で北海道へ旅行したんですね」

と、相手の発言を認めるだけでいい。たかがこれだけのことだが、多くの人はできないものだ。

「すごくよかったです」

「へえ、すごくよかったんですね」

これだけだ。これだけで承認したことになる。

共感には2種類ある。情動的共感と認知的共感である。相手の気持ちになるのが情動的共感だ。感覚や感情を自分も抱く。だから、家族で北海道へ旅行したことが羨ましいと思える人は、自分もそのような気持ちになる。

しかし、北海道へ独りで旅行したほうがいいと思っている人は共感できない。相手の気持ちになることができないからだ。つまり情動的共感に頼ると、自分と同じ感情を抱く人としか共感できなくなる。

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【認知的共感であれば相手の気持ちがわかる】

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