「野党不在の民主主義」が加速させる日本の衰退 野党も自民党と変わらず利益誘導を競う異様さ
野党に期待されるのは政権交代の受け皿としての存在だけではない。まず、日常的にはマスコミとともに政府や政権党という国家権力に不正や不公正、不平等などの問題がないか不断にチェックすることが期待されている。また日本が直面する主要な課題や政府が打ち出す政策を争点化し、異なる立場から議論し問題提起する責務もある。さらに政府の政策の足らざるところを指摘し補っていく役割もある。
近年、野党に対して「政府がやることに対して何でも反対したり批判する時代ではない」という主張が強まっている。もちろん「55年体制」時代に社会党がやった審議拒否だとか牛歩戦術などは今の時代には理解されないだろう。またイデオロギーや思想を前面に出して政治体制を競う時代ではないから、政府が打ち出すすべての政策を頭ごなしに拒否することにも意味はない。
いまは与野党が同じ課題について、それぞれの政策を競う時代だ。したがって野党にも政策を企画・立案する力、それを生み出す人材と実行する力、さらには国民に信頼されることが必要となる。残念ながらこうした基本的な対応を今の野党がしているとはとても思えない。
自民党は高度成長期の政治手法から抜け出せず
バブル経済崩壊後の30年余りの間に日本の政治を取り巻く環境は激変してきた。
それまでの自民党政治は、経済成長によって生み出される税収増を原資に、積極財政政策によって富の再分配を行い国民の支持を維持してきた。この過程で政治家と官僚組織と業界団体が持ちつ持たれつの関係になる「政官業のトライアングル」と呼ばれる仕組みができ、自民党政権の基盤をなすものとなった。「一億総中流」という言葉が象徴したように、自民党は1980年代までの経済成長によって民主主義の担い手とされる中間層の形成に成功し、政治の安定を実現したのだ。
そして、こうした仕組みを維持するには経済成長が不可欠だった。ところがバブル経済の崩壊後、日本経済は長期低迷期に入った。
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