売れても生活レベルを上げてはいけない 『もしドラ』の著者が明かす③

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それをやめるときは、恥ずかしい思いや残念な思いがこみ上げてきて複雑だった。しかし、それを断ち切らないと自分がダメになるのは分かっていたから、断腸の思いで決行した。ぼくはそこで、以下のような教訓を得たのだ。

「見栄を張ってはいけない」

登るより降りる方が難しい

芸能界には、「売れても住む家のランクを上げてはいけない」という格言がある。人は、売れてお金が入ってくると、ついついもっと家賃の高いところに引っ越しがちだ。しかし、そういう「ランニングコスト」は、売れなくなると重い足かせになる。例えば、年収が1000万円あれば20万円の家賃でもそれほどこたえないが、浮き沈みの激しいのが芸能界だ。年収300万円にまで下がってしまうというのもよくある。そうしたときに、とてもではないが20万円のマンションには住み続けられないが、そこで難しいのが「生活レベルを下げる」ということなのだ。

 人間、生活レベルを上げるのは簡単だが、逆に下げるのは難しい。一度家賃の高い部屋に住んでしまうと、もう低い部屋には住みたくなくなる。そのため、無理をしてでも高い家賃のところに住み続け、やがて借金を重ね、身を滅ぼしてしまう。

 それを知っていたから、ぼくは家賃の高いところには引っ越さなかった。しかし、服のランクは高いものに上げてしまい、しかもいつの間にかそれに慣れていた。そうしてやがて、生活を逼迫するまでになったのだ。そう考えると、「ランクを上げるな」というのは住む場所だけではなく衣服や食事についてもいえるのではないだろうか。ぼくは、以下のような教訓を得た。

「お金が入ってきても、衣装住のランクを安易に上げてはいけない」

 『もしドラ』のブームから今年で5年、ぼくの生活はようやくそれ以前のレベルに落ち着いた。それは、言うならば「山を降り」たようなものだ。登山は、登るよりむしろ降りる方が難しいという。ホッとして、思わぬ事故が起きやすいからだ。

 『もしドラ』を出してからこれまでの5年間は、山を降りてきた期間だったといえよう。その中で、小さな事故なら無数にあったが、なんとか大きな事故は経験せずに済んだ。

 それは、皮肉な話だがヒットしたのが40歳と遅かったのと、書いた内容が社会的影響の大きなものだったため、それに責任を感じていたからだろう。おかげで胃が痛くなりもしたが、それに助けられたのである。

 こうして振り返ると、40歳を越えているぼくですら何度も身を滅ぼすピンチに見舞われたのだから、もっと若かったらどうなっていたか分からない。そう考えると、大ヒットを経験した人で道を踏み外してしまう人が少なくないというのも、無理からぬこととあらためて感じさせられたのだった。

 撮影:相澤心也

岩崎 夏海 作家

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いわさき なつみ / Natsumi Iwasaki

1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著『部屋を活かせば人生が変わる』(累計3万部)などがある。

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