EUの経済危機は始まったばかりだ--ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授

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 ユーロ圏は7月、さまざまな危機シナリオの下で銀行の耐久度を調べる大規模な“ストレステスト”を行い、「アイルランドの銀行を含めほぼすべての銀行に問題はない」というお墨付きを与えている。このように現実の厳しさから目をそらすのは、金融危機に対する有効な対策ではない。なぜなら、必要な債務償却を行えば、ヨーロッパの債務問題は処理可能だからである。

その観点からすると、アイルランド救済は、当惑以外の何ものでもない。今回の救済策は、民間債務問題を公的債務問題にすり替えただけだ。民間の債券保有者は資金回収が認められ、民間債務は公的債務に置き換えられた。EUは、国家の債務不履行に簡単に対処できると考えているのだろうか。あるいは、国家の債務不履行は起こらないと夢見ているのだろうか。

民間債務を国有化することにより、EUは80年代のラテンアメリカの債務危機と同じ道を歩み始めたのである。ラテンアメリカでは政府は民間債務を“保証”し、その債務は返済不履行に陥った。最終的にブレイディ・プランの下で、債務の約30%が償却され、4年後に危機は本格的に終息に向かった。

ラテンアメリカ危機の分析結果は、「もし全関係者がより早く債務の一部減免に同意できていれば、ラテンアメリカ諸国はもっと早く成長軌道に戻れたかもしれない」ことを示している。その結果、債権者はもっと多くの資金を回収できていたかもしれない。

EUの各国政府は、お互いに非難し合う段階から次の段階に進む道を模索している。今はより現実的に将来を考える時なのである。その第一歩は、メルケル首相と同じように、ヨーロッパが問題を抱えていることを認めることなのである。

(週刊東洋経済2010年12月25日号)

※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

Kenneth Rogoff
1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001~03年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名を馳せる。

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