私はマグロ漁船に乗せられたことがある。借金のかたとして身を売られたのではない。民間企業の研究所で生魚の鮮度保持剤を開発していた当時、上司の指示で乗らざるをえなくなったのだ。
乗ったのは全長20メートルの近海はえ縄漁船。このクラスの約500隻の中でも毎年トップ級の漁獲量を誇る、通称「日本一の船」だった。船長と船員9人が40~50日にわたって漁をする。一度出港すると地上に戻るのは1カ月以上先。その間は病院もコンビニエンスストアもなければ、携帯電話さえ使えない。
仕事開始は午前6時。まず6時間かけ、東京駅から富士山までの距離に相当する長い縄を海に流す。その後3時間待って、午後3時から縄を船に引き揚げる「揚げ縄」をする。掛かったマグロの処理をしたり、絡んだ縄をほどいたりしながらのこの大変な作業は、翌午前3時まで続く。待ち時間に仮眠を取るとはいえ、毎日の労働時間は18時間。うわさにたがわず過酷だ。また寝るのは狭い相部屋。プライバシーは皆無である。
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