こうした治療内容への影響を、今回の保険適用にあたって多くの意見を政府に進言してきた慶應義塾大学名誉教授で産婦人科医の吉村泰典医師も懸念する。
「保険診療を望む患者さんには、この薬を使いたいけれど使えない、最先端の技術を使いたいけれど使えない、といった問題が生じる」と話す。その代表的な例が、着床前診断(PGT-A)だ。
「染色体の数的な異常があれば、流産する確率が高くなります。患者さんの負担を避けるためにも着床前診断を受けたい、受けさせたいと思っても、保険診療では無理。したい場合は、(保険が適用される治療を含めた)すべての治療を結局自費にしてもらうしかありません」(吉村医師)
不妊治療中の患者はこの状況をどう受け止めているのか。30代後半の会社員・太田友美さん(仮名)は、3年前から治療を始め、採卵を8回、移植を5回行った。6回目の移植を控える中で、保険適用への思いを聞いた。「自分の行っている治療が保険適用になるか、まだクリニックから説明はない。ただ、自分で調べた限りでは、保険適用されないだろう薬を使っている。4月以降も費用は変わらないと思っている。保険診療にして治療の幅を狭めたら、結果が出る気がしない」と冷静だ。
都心部のクリニックは売り上げ減の可能性
一方、今回の保険適用の制度設計に深く携わった杉山産婦人科の杉山力一(りきかず)理事長は「一般的な不妊治療であれば、保険診療内でいける」と話す。同クリニックは4月以降、保険診療と自由診療の患者の両方を受け入れることを決めている。
ただ、「保険適用で不妊治療を始める人が増えることで、クリニックが混むことは確実。さらに、保険診療と自由診療のどちらを受けるのか、事実婚の場合のパートナーの意思確認など、患者さんに聞く必要が新たに生まれる項目もあるので、問診は長くなる。結果的に、患者さんの時間的負担は前より大きくなるだろう。政府は仕事との両立を謳っているが、保険適用で逆行するのではないかと懸念している」(杉山医師)。
また、4月以降の不妊治療の診療報酬や薬価は、これまでの不妊治療の「相場」を基に決められたが、「概して都心部のクリニックにとっては売り上げ減、地方のクリニックにとっては売り上げ増になる施設が多いと推測される」(杉山医師)という。
そのため、売り上げの減る都心部のクリニックは売り上げ減を補填するために患者の「数」を追わざるをえなくなる。しかし、「経営が厳しくなるのに診察室は増やせない。自由診療前提で患者様が通いやすいクリニックの立地を選んでいて、高額な家賃を捻出するのに苦労しそうだ」(杉山医師)、「すでに週末は1日600人の患者を抱えている。さらに数を追わないといけないとなると、床面積だけでなくスタッフも増やす必要があり、さまざまなリスクも出てくる」(石川医師)といい、簡単なことではない。
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