「価格転嫁」ができない日本企業の語らざる本音 「モノが売れなくなってしまう」という恐怖…

拡大
縮小

適切な対策を打てないというのはどういうことか。例えば、景気後退局面から景気拡大局面へと転換していく中で、物価も徐々に上昇するとき、中央銀行がインフレ退治をやりすぎてしまい、結果として金融を引き締めすぎて景気の腰を折ってしまう、いわゆる「オーバーキル」を起こしてしまう。あるいは景気後退局面にもかかわらず消費税などの税率を引き上げて消費をさらに減速させてしまうなどのことを指している。

そんなことをするはずがないと思う方もいるかもしれないが、直近の例でいえば日本政府は2018年11月から景気後退局面に突入したにもかかわらず、翌年の10月に消費税増税をして景気後退を加速させている。その3カ月後には新型コロナウイルスの感染拡大が起き、日本経済はトリプルパンチを食らうこととなった。

デフレスパイラルを経験した企業は…

政府の失政により景気が悪化すると、家計は将来を悲観し、これまで消費していた金額の一部を貯金に回すようになる。その結果、企業はモノが売れなくなるため、販売価格を下げてモノを売ろうとする。しかし、コストが下がって販売価格を下げたわけではないから、利益水準を維持するために設備投資や人材採用を控えるので、企業の成長率は低下するし、労働市場は悪化する。

さらにコストを抑えるべく非正規雇用を積極的に雇うようになり、正社員の賃金も上げず、賞与も減少させていくだろう。そうなると、家計は可処分所得が減少したり、非正規雇用が増えることで将来不安は加速し、さらに消費を抑えて貯金をするようになる。

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こうなると再び企業の売り上げは減少するため、さらに販売価格を下げてモノを売ろうとする。このように、一度デフレスパイラルに突入してしまうと、経済が縮小均衡していき、結果として失われた20年、30年という本来は絶対に避けなければならない事態を招くことになる。

デフレスパイラルを経験してしまうと、企業はコスト増を価格転嫁することで、モノが売れなくなってしまうという恐怖を必要以上に感じるようになる。その結果、前項で確認したように、価格支配力を失っていき、企業努力でなんとかコスト増を吸収しようとする。

しかし、いずれは限界が来る。そこで誕生した苦肉の策が「ステルス値上げ」や「実質値上げ」と呼ばれる手法だ。値段もパッケージの大きさも据え置いており、見た目では何も変わらないようにしているが、パッケージを開けると内容量が減っているというものだ。これはこの数年で多くの方が体感したのではなかろうか。

森永 康平 マネネCEO/経済アナリスト

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もりなが こうへい / Kohei Morinaga

証券会社や運用会社にてアナリスト、エコノミストとしてリサーチ業務に従事した後、複数金融機関にて外国株式事業やラップ運用事業を立ち上げる。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾、マレーシアなどアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、各法人のCEOおよび取締役を歴任。現在は法律事務所の顧問や、複数のベンチャー企業のCFOも兼任している。日本証券アナリスト協会検定会員。株式会社マネネTwitter

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