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野村克也がシダックスに植え付けた揺るがぬ自信 本物の野球を学びナインの表情は変わっていった

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  • 加藤 弘士 スポーツ報知デジタル編集デスク
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キャンプ中のある日のことだ。打撃練習で坂田は野村に聞いてみた。

「監督、高めのボールはどうやって打つんですかね?」

大らかな人柄の坂田が発した問いに、投手コーチの萩原は思わず顔をしかめた。

萩原が振り返る。

「監督はプロ野球史に残る強打者じゃないですか。『そんなのもわからないのか。こうやって打つんだよ』と上から目線で答えると思っていたんです。ところが『うーん』と考え込んだまま、どこかに行っちゃって」

翌朝のミーティング。野村は真摯に話し始めた。

「昨日、坂田からこんな質問があった。あれからずっと考えていたんだけど、俺の考えはな……」

萩原はその姿勢に感銘を受けた。

「これだからアマチュアは……と言うんじゃなくて、僕らの質問を受け入れて、しっかり答えてくれた。そんなところから『何とかこの人を日本一にしたい』という意識が、芽生えてきたと思うんですね」

「パチンコ必勝ガイド」から「本」へ

新米のアマチュア野球担当記者として社会人の各チームを取材に回っていた当時の私はこの頃、シダックスの「特異性」を感じ始めていた。

野球界は厳然とした上下関係が確立されたタテ社会である。ところが、シダックスは他のチームと違って先輩と後輩の関係が緩く、チーム内にはフレンドリーな空気が醸成されていた。

コーチの田中は言う。

「昔からですね。僕がたくぎんから移籍した後も、事あるごとに飲み会をしてました。野球が上手い下手は関係ない。今日は調布駅前のつぼ八に集合だ、年長者は多く払って、若い奴は1000円でいい。パチンコで勝った奴は多めに払えよ、みたいな。野球はしっかりグラウンドでやろう。後はみんなで仲良くやろうと。かつてキューバ人のウルキオラが監督を務めていたこともあって、『野球部はファミリーだ。互いにリスペクトしよう。何でも相談してくれ』というマインドだったんです」

正捕手・坂田の証言はこうだ。

「ウチは和気あいあいとした大人のチームでした。年下が年上に意見を言うことも普通だったし、お互いがお互いを認め合っているというか。苦労人が多かったんですよ。プレーしていたチームが休部や廃部でウチに来た選手もいっぱいいましたから。悪い言い方をすると、寄せ集め集団というか、多国籍軍というか。だからギスギスしていなかったんです」

この温かい空気がナマイキ盛りの野間口には合っていた。水を得た魚のように、19歳は自らの才能を開花させていった。

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坂田は続ける。

「自分の考えとしては、やっぱりチームを強くしたいというのがあったんで。野間口をいかに早く戦力にできるかという計算もありました。そのためにはこっちが目線を下げて接した方が、時間がかからない。『見て覚えろ』だと、やっぱり時間がかかってしまうじゃないですか」

大阪体育大時代、阪神大学野球リーグで64回2/3の連続無失点記録を作った相馬幸樹は、当時入社2年目の投手だった。ナインが素直に野村の教えへと耳を傾け、忠実に実践したことは驚きだったという。

「野村監督がミーティングで『本を読め』と言うじゃないですか。すると翌日から、みんな読み出すんです。それまで『パチンコ必勝ガイド』しか読んでいないのに(笑)。浸透が速かったですね」

日を追うごとに、ナインの表情に自信がみなぎってきた。

俺たちは本物の野球を学んでいる―。

(3月30日公開の次回記事に続く)

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