野村克也がシダックスに植え付けた揺るがぬ自信 本物の野球を学びナインの表情は変わっていった

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男たちもまた、野村を求めていた。卓越した野球理論を吸収できる千載一遇のチャンスなのだ。

これまで経験したことのない野球に出合える。さらに上手くなれる。そして今、強くならなければ……シダックス野球部は、いつ廃部となってもおかしくない。

高揚感と危機感を胸に、大の大人たちが野球少年のようにその教えを渇望していった。

老いてなお、人に求められることは人生において何よりも幸福なことである。アマチュア選手たちの強く熱い眼差しこそが、野村を本気にした。

彼らの記憶に残る、監督就任当時の野村克也がいた風景とは、どういったものだったのか。

ごめんな、昨日は

駒澤大から入社して6年目。27歳だった黒坂洋介は、中伊豆キャンプ初日の出来事が今でも忘れられない。

走攻守に優れた身長185センチの大型外野手だったが、選手としてのピークは過ぎていた。どうすればチームに貢献できるか、新たな道を模索していた時期でもあった。

野村との一対一の初接触はあまりに強烈だった。

「僕は若白髪だったんで、普段から黒に染めていたんです。キャンプ初日のアップ中に『さあ頑張ろう』と思っていたら、監督に呼ばれて。『何で呼ばれたか分かるか?』と言われたんです。『いいえ』と答えたら、『茶髪や』と。白髪染めをしていたので、日光に当たると、赤くなっていたんですね」

「茶髪、長髪、ヒゲは厳禁」は野村野球の基本。不本意ではあったが「すいません」と謝った。密着取材をしていた関西の民放テレビ局がそのやりとりを撮影していた。ニュース番組で「指導初日にいきなりボヤキ」と放送されると、関西の友人から電話が止まらなかった。

「お前、茶髪でノムさんに怒られてんじゃねえよ!」

すると翌朝。選手宿舎のエレベーターで野村と偶然一緒になった。あいさつをすると、野村は神妙な表情で黒坂に言った。

「ごめんな、昨日は。白髪だったんだな。身体のことを言って、申し訳なかった」

あのノムさんに謝られてしまった―。

「僕もビックリですよ。なんか申し訳なかった。それがファーストコンタクトです」

素直さこそ成長の近道。

夜間のミーティングで野村はそう説いていたが、確かに指揮官は素直な人でもあった。

外野手の控えだった男に、こうも伝えた。

「お前、守備は由伸より上手いぞ―」

褒めることも戦いの1つ。野村は選手をその気にさせる術も心得ていた。

「高橋由伸は同世代のスーパースターですから。プロで実際に対戦していた監督からそう言われたら、やる気が出ちゃいますよね」

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