金融政策の限界を素直に認めたラガルドECB総裁 需要が低調なら「インフレを潰す」ことにリスク

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今回、欧州議会に対してラガルド総裁が行った率直な答弁は、何かにつけて比較されがちなFRBへのアンチテーゼ(否定的主張)も含んでいる。結果としてFRBが経済ではなく政治を向いて政策運営している様子が浮かび上がったように思えた。もちろん、日本以外の先進国はアフターコロナを視野に経済正常化に舵を切っているのだから、金融政策正常化を模索すること自体に違和感はない。

だが、昨年11月末、パウエルFRB議長は人が変わったようにタカ派色を強め、ECBが基本とする「漸進的に(gradual)」とは対照的な姿勢に転換した。ユーロ圏より実体経済状況が良好であることを割り引いても、量的緩和の段階的縮小(テーパリング)ペースが開始1カ月で倍になったり、利上げ織り込みが倍になったり、果ては保有資産の圧縮議論まで浮上したりするのは実体経済情勢からは説明が難しいように思える。

アメリカ金利のイールドカーブが全体的にフラット化(長期の上昇幅が短期より小さい)の兆候を強めているのは、そうした政策姿勢が今後、景気をオーバーキルしていくという猜疑心が強いからにほかならない。そもそも、ラガルド総裁が指摘するように、中央銀行のタカ派姿勢の強まりが供給制約解消と何の関係があるのかわかりにくい。議長再任と引き換えに、インフレ高進で支持率が低迷するバイデン政権への側面支援に転じたのではないかという政治的忖度が疑われてもやむをえない。

「インフレを潰すこと」のリスクもあえて考える

現状、金融市場はタカ派ムード一色だ。だが、コロナ以前はインフレ率がなかなか上がらず、常に議論されていたのは、世界の中央銀行が無手の状況に追い込まれるというリスクである。このことも思い返すべきではないか。過去の経緯を踏まえると、オーバーキル懸念の中、インフレを急いで叩き潰すことにも慎重になるべきと思える。

金融政策の効果が6カ月~12カ月後に顕現化するという標準的な考え方を取った場合、供給制約が解消される頃に現在の引き締め効果が表れ、再び需給ギャップが拡大、将来的にインフレが急反転するリスクも十分考えられる。そうなれば、中央銀行は急いで利下げに転じるのだろうが、その効果も表れるのは6カ月~12カ月後である。いわゆるビハインド・ザ・カーブであり、経済・金融情勢にとってはボラティリティをもたらすだけで結果的に物価は制御できないという景色だけが残るのではないか。

現下のインフレ高進に関しては、糊しろ作りの意も込めて、まさにECBの「漸進的(gradual)」な対応、「生かさず殺さず」というバランス感覚も一考に値する。「インフレを潰すこと」のリスクというのも中長期的には議論されてもよいのではないか。
 

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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