「父に怒られた記憶ない」と明かす彼の深刻な悩み 社会に出るのが怖い学生たち増加の裏側

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第2に、「何かにつけて懇切ていねいにアドバイス」してあげたため、A君は自分で考えながら試行錯誤する経験ができなかったこと。そのため、何かにつけて受け身になってしまい、自分から能動的に動く姿勢をとることが習慣化されていない。

こうしたことから、自力でものごとを解決したり、時に失敗してどう乗り越えるかに頭を悩ませたりしながら、少しずつ自信を積み上げていくということができなかった。親の言うとおりにして窮状を乗り越えたところで、けっして自信にはならないのだ。

それでもA君の場合、自分の抱える問題に自ら気づき、何とかしなければと思い立ったところに救いがある。ただし、ここまできてから人格形成の軌道修正を行うのは、並大抵のことではない。本来は幼児期から児童期にかけて徐々に身につけていくはずの能力を、社会に出るのを目前にして一気に身につけるというのはきわめて困難と言わざるをえない。

似たような悩みを抱え、就職活動を先延ばしにするため、卒業を延期する者もいた。親としては、わが子が将来そのような事態に陥らないように、しかるべきときに父性機能を発揮する覚悟を持つ必要がある。

家庭を楽しく保ち、かつ叱る父親

ベネッセ教育総合研究所が、0~6歳の乳幼児の子をもつ父親を対象に実施した調査によれば、「父親は子どもに対してあまり叱らず、家庭を楽しく保つことが望ましいと思う」と回答した父親の比率は、2005年29.6%、2009年35.0%、2014年44.9%というように、急激に高まっている。つまり、子どもに対して父性を発揮しない甘い父親は、このところ増え続けているのである。

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家庭を楽しく保つということと、叱らないということは、同じではないはずである。子どもの日常的な世話に追われる母親としては、父親が父性を発揮すれば負担が減って助かるが、そうでないなら母親が父性的役割までも引き受けなければならない。子どもが思いどおりにならずイライラするという母親が多いのも、父親が父性的役割を引き受けてくれないことによるところが大きいのではないか。

この父性的機能はもちろん父親だけが担うべきだというわけではない。現に父親が仕事で忙しかったり子どもに甘かったりして父性機能を発揮しないため、母親が引き受けているケースも少なくない。だが、それこそが母親の子育てストレスを高めているのだ。

今の時代、多くの父親に何が欠けていて、何が強く求められているかは、すでにおわかりだろう。CMに登場するような、親しみやすいイクメンのイメージに惑わされてはならない。

榎本 博明 心理学博士

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えのもと ひろあき

1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、 東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、現在はMP人間科学研究所 代表を務める。『ほめると子どもはダメになる』『伸びる子どもは○○がすごい』『自己肯定感という呪縛』など著書多数。

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