北朝鮮の恐喝ラブコールでもアメリカは応じない 強硬姿勢に転じた北朝鮮の思惑と行動の意味

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――2022年1月30日に、北朝鮮は「中距離弾道ミサイル」を発射しました。これは北朝鮮がこれまで開発した「火星12号」レベルだと思われます。アメリカが対話などに応じるまで、これまで北朝鮮が封印していたICBM(大陸間弾道ミサイル)や核実験を行う可能性はありますか。

北朝鮮にとってアメリカ大陸まで届くICBMの発射や核実験は、アメリカへの圧力手段としては北朝鮮指導部にとって一種の壁になっている。核実験・ICBM発射をしないというモラトリアムを、現在の北朝鮮指導部は破棄する考えはない。

それは、中国の態度を考える必要があるためだ。中国は北東アジアで新たな危機が生じることを歓迎しない。とくに、まもなく開催される北京冬季五輪の期間中はそうだろう。現在の北朝鮮の対中依存度を考えると、北朝鮮は中国の意思を無視することができない。そのため、北朝鮮は今、核実験やICBM発射のような自分が持つ最も強力な手段を使うことはできない。これまで短・中距離ミサイルや巡航ミサイルの発射にとどまっているのはそのためだ。

今春までは大きな挑発を行わない

私の見立てでは、北朝鮮は少なくとも春までは核実験やICBM発射をしない。もちろん2022年1月30日に中距離弾道ミサイルを発射したことがよく示しているように、北朝鮮は徐々に挑発のレベルを高めることもできる。例えば、北朝鮮は中距離弾道ミサイルを再び発射することもできるし、人工衛星の発射まで可能だ。しかし2022年3月半ばまで、より正確に言えば、韓国の大統領選と、2022年3月13日に閉幕する北京冬季パラリンピックが終わる時まで、北朝鮮はモラトリアムを破棄しないと思う。

しかし、核実験やICBM発射なしで北朝鮮がアメリカを動かすことができるのかは疑わしい。たとえそれが行われたとしても、アメリカが動くかも疑わしい。結果、現状の挑発レベルでとどまる限り、アメリカは反応を見せることはないだろう。

――3月には韓国で大統領選挙、11月にはアメリカで中間選挙が控えています。こういった政治イベントを北朝鮮はどう見ているでしょうか。また、これに合わせて何か行動を起こしそうでしょうか。

北朝鮮は当然ながら、韓国の右派であり保守派である野党候補の勝利をまったく希望していない。もともと韓国の保守派は、北朝鮮との対話や妥協に反対の立場ではなかった。ところが最近の保守派は、北朝鮮に圧力をかけ、孤立させることばかりしている。

アンドレイ・ランコフ/1963年、旧ソ連・レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード国立大学を卒業後、同大学の博士課程を修了。金日成総合大学に留学した経験もある。母校やオーストラリア国立大学などで教鞭をとった後、現職。著書に、『平壌の我慢強い庶民たち』『スターリンから金日成へ』『民衆の北朝鮮』『北朝鮮の核心』など邦訳も多数(写真:ランコフ氏提供)

進歩(革新)派、すなわち現在の与党を支持する層は、北朝鮮への支援を行う考えはあるが、進歩派政権にとってもアメリカとの関係は北朝鮮との関係よりも重要であり、何をするにしてもアメリカの許しなくて動くことは難しい。しかし、仮に進歩派であり与党候補の李在明氏が大統領選に勝利すれば、北朝鮮への支援を再開する可能性がある。一方、保守派で最大野党候補の尹錫悦氏が勝利すれば、北朝鮮を助けようとすることは絶対にない。

今の北朝鮮にできる対応策は2つある。1つは、もう一度、現在の文在寅政権とともに何らかの「外交ショー」を開催することだ。最も可能性が高いのは、2月中旬に「南北オンライン首脳会談」といったものの開催だ。先日も韓国当局者が「南北間に接触がある」と打ち明けた。このような接触は、外交ショーを行うためのものかもしれない。文政権は広報・宣伝に抜群の能力を持っている。「南北オンライン首脳会談」を華やかな映像とともにうまく広報できれば、与党「共に民主党」の支持率が高まり、李在明氏の当選を後押しするかもしれない。

もう1つは、核実験やICBMの発射をしないことだ。韓国の国民は北朝鮮の短距離ミサイルの発射に慣れている。短距離ミサイルを乱発しても、大統領選挙にはほとんど影響を与えないだろう。しかし、核実験やICBM発射を行えば、「しない」というモラトリアムを自分の業績として熱心にアピールした文政権と進歩派には大きな打撃になる。当然、李在明氏の支持率にも打撃を与えることになる。

とはいえ、この10年間の韓国の選挙結果を分析すると、いわゆる「北朝鮮ファクター」が選挙直前の韓国世論に与える影響は限定的だ。一方で、与野党候補者の誰も絶対優勢にならない接戦となった場合、北朝鮮ファクターは選挙に影響を与える可能性はある。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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