「安い日本」には観光立国化の道しかないのか 50年ぶりの円安から想像する日本と国民の未来

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周知のとおり、2021年を振り返れば世界経済の急回復を尻目に日本経済の回復の遅れは著しいものがあった。その結果、物価・賃金の上昇率に関して、中国や欧米との格差はこれまで以上に拡大している。これはアフターコロナ時代に本格的に突入した場合、日本人と比較して著しく購買力をパワーアップさせた外国人が日本に大挙してくる可能性を示唆する。

すでに、外国人に人気の高いすし屋などを中心に東京都心の有名な飲食店の価格が上昇しているといわれて久しいが、財・サービスの価格は外国人の消費・投資意欲の対象となりやすいものから順に上がっていくはずである。それが一般物価全体に波及するまでラグはあるだろうが、べネチア(イタリア)のように多くの財・サービスが非居住者向けに仕立てられ、高価格化する、いわゆる観光地価格になるケースも増えるだろう。

観光立国化すればもはや名目の円高も不要に

そのようにして一般物価が上昇すること自体、下がりすぎたといわれる実質実効レートで見た円の上昇を招くものであり、自然な調整といえる。しかし、それが日本に住む人々にとって幸せなことなのかどうかは別の議論でもある。

以上のような動きを観光立国化と総括すれば聞こえは良いし、実際にそれしか道はないのかもしれない。しかし、それは流入してくる外国人に「尽くす」経済である。どうやって国内居住者の消費・投資を伸ばし、その社会的厚生を高めていくのかは新たな課題として浮上する。現実世界を見る限り、少なくとも観光で身を立てる国が世界で影響力を持つプレーヤーになる可能性は高くないように思う。

こうして見てくると、日本という国の全体像を議論することから離れ、円相場見通しという卑近な話題に目を移した場合でも、重要な含意を見出せる。旅行収支を中心とするサービス収支の黒字化を念頭に置けば、観光立国化と共に一般物価が上昇してくる未来はそれなりに予見される。だとすれば、実質実効レートで見た円相場が、これまでのデフレないしはディスインフレ時代のように、必ずしも名目ベースの円高で調整されない未来が、十分ありうるという話である。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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