「治療費タダ」の英国医療を担う診療ナースの正体 不足する医師の代わりに患者を診て、薬を処方

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例えば、がんの専門看護師であっても肺がん患者を主に担当する「呼吸器外科専門看護師」、咽頭がんなど耳鼻咽喉科・頭頸部外科を担当する「頭頸部専門看護師」などがいて、業務内容も日本とは異なる点が多い。

その1つがセクシュアルヘルス(性に関する健康)だ。実は、イギリスでは若年層の望まない妊娠出産が大きな課題となっていて、セクシュアルヘルスにも予算をつぎ込んでいる。そのケアのため、経口避妊薬の処方や、避妊具の子宮内装着などを、トレーニングを積んだ資格を持つセクシュアルヘルス専門看護師が行っている。

このように、普段から大活躍している専門看護師だが、目を見張る活躍をしたのが、コロナ病棟でだった。詳細は筆者の日本人が知らない英国「コロナ病棟」のリアルを参考にしていただきたいが、コロナ病棟で働く医師や看護師の大半は、眼科や歯科、整形外科、セクシュアルヘルスなどの「寄せ集め軍団」だ。筆者自身も専門外の外科から招集された1人だった。

コロナ病棟で、糖尿病のある感染者の大きく上下する血糖値をコントロールしたり、感染者の看取りケアのために鎮静剤や呼吸緩和剤を処方したりするのは、専門外の医師にとっては大きな負担だ。そんな場面では、次々とやってきた各分野の専門看護師が治療プランを作ったり、薬を処方したり、さらには専門外の医師に指導までしていた。専門看護師のサポートなくして、イギリスのコロナ病棟は成り立たなかっただろう。

ナースプラクティショナーとは?

続いて、ナースプラクティショナーについてだが、彼らは正確にいうと純粋な看護師ではない。地位的には医師と看護師の中間の立場だといえる。

ナースプラクティショナーになるには、看護師になって一定の臨床経験を積んだ後、臨床業務を続けながら大学院に通う必要がある。専門看護師との大きな違いは、「患者の診察と診断ができること」だ。上級医の診察が必要と判断されれば医師に引き継ぐが、一部の範囲であれば外科的な処置もできる。

上級ナースプラクティショナーともなると、地位的には研修医のような業務を任される。実際、新卒の研修医より年収は高い。上級ナースプラクティショナーが手術のインフォームドコンセントをしてサインをすることもできるし、簡単な手術を行うこともできる。患者が退院をするときには、処方薬の選定も、次回の外来受診日程の決定も、上級ナースプラクティショナーの判断でされる。もちろん、すべて法的に認められている行為だ。

このほか、地域医療には看護師主体の医療サービスが数多くある。禁煙サービスや薬物依存症サービス、セクシュアルヘルスクリニックなどだ。これらのグループの責任者はたいてい専門看護師で、その下に一般の看護師や看護助手がつく。

専門看護師の業務は、問診や患者教育、回復プランなどの作成で、必要があれば専門の医師に受診を依頼する。こうした地域サービスや看護師と医師の連携が成り立つのはNHSだからで、当然ながら、運営コストはすべて税金が原資となっている。

ここまで、イギリスの医療政策である「低コストで高品質の医療を、医師不足のイギリスで提供」をするうえで欠かせない看護師の役割を、簡単に説明してみた。なるほど、それではいっそのこと看護師は独立をしてしまったらどうか――。そんなことを考える看護師がいてもおかしくない。

だが、NHSが主な医療システムである限り、看護師が独立開業をするのは現実的ではない。なぜなら、運営コストは税金であり、国からは医療機関に厳しい条件が課せられている。そもそもイギリスでは、医師であっても独立開業している人は少なく、外科医などがプライベート病院やNHS病院に有料で「間借り」して、プライベート診療をすることが多いのだ。

次ページなかには独立して起業する看護師も…
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