羽田圭介「人間関係断つ"安易リセット"は不可能」 不要なものを捨てても人の「記憶」は消せない

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羽田圭介(はだ・けいすけ)/1985年生まれ。高校在学中の2003年に「黒冷水」で文藝賞を受賞しデビュー。2015年に「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞を受賞。主な著作に『メタモルフォシス』『成功者K』『Phantom』など。11月26日にエッセイ集『三十代の初体験』、30日に最新作『滅私』が刊行(撮影:尾形文繁)

――更伊の存在に脅威を感じながらも、次第に冴津の心が変化していきます。印象的だったのは、物を捨てることにこだわっていた冴津が、物語の終盤で「物によって救われていく」シーンでした。

例えば、民宿とかに泊まった時になんだか居心地の良さを感じる時ってありませんか。なんてことのない安いプラスチックのコップとか、手に取ると妙に落ち着くというか。

先ほど新潮社の書庫に行って、亡くなった作家が20年ほど前に使っていたであろう資料の束を紙袋ごと眺めたんですけど。明らかにもう捨ててもいいでしょうと思える資料もたくさんあったんですが、なぜだかそれらを見ているといろんな感情が湧いてきたんです。

言語化できない感情が次から次へと湧いてきて、物がもたらすパワーを改めて感じましたね。きっと物によって喚起される感情とか、そこから生まれる創造物って世の中にたくさんあるんだろうなと思うんです。

日本人が人生を劇的に変えようと思ったら・・・

――『滅私』を読んだ後、「自分の中に不必要な物や混沌とした物があってもいい」と許された気持ちになりました。人生をより良くするには断捨離をして、不要な物をどんどん減らしていかないといけないと思っていたので……。

この先、所得が増える見込みの少ない僕ら日本人の一定層が人生を劇的に変えようと思ったら、やっぱりミニマリストになるのが表面的には一番手っ取り早いと思うんですよ。物を買うのはお金が必要ですが、物を捨てるのは粗大ゴミ券とか、メルカリで売る手間だけで済みますからね。

『Phantom』(文藝春秋)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

それにどんどん物を減らして、何もない“がらんどう”の部屋にするのは、極端ですけど、変化が目に見えてわかりやすい。「人生変わった感」がより強く感じられるのは確かです。でも、それで自分が本当に幸せを感じられるかどうかはまた別の話です。一見、要らなそうな物とか、混沌とした物の中に自分にとって大切なものがあるかもしれないですから。

ちょっと話が飛躍しますが、世の中にある商品も視覚的なわかりやすさが重視されて、わかりにくいものが敬遠されてきているなと感じます。例えば、ハイブランドのロゴを前面に出したデザインが流行っているのも、わかりやすさが好まれている証拠かなと。

江戸時代、法被の裏側に丁寧な刺繍や絵柄が施されているものがあるんですけど、そういった見えないところにさりげなく個性を光らせる文化ってなくなってきていますよね。わかりにくさをも楽しめる、“粋な遊び心”が減ってきているのはさみしいことだなと思います。

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