6年前の父に「今の私」伝えた彼女の時空超えた旅 小説「さよならも言えないうちに」第4話全公開(3)
あの日、路子は「呼び出しといて遅れるとか信じられないんだけど?」とすごんで見せた。その時の賢吾の表情もはっきり覚えている。申し訳なさそうに顔をゆがめて「すまん」とつぶやいた。
(なんであんなひどい言い方しかできなかったんだろう?)
「ここ、いいか?」
賢吾が路子の向かいの席に手をかける。
「もちろん」
席に腰を下ろすと、賢吾が目を丸くして路子の顔を覗き込んだ。
「なに?」
「少し見ない間に、ずいぶん大人になったなと思って……」
賢吾が照れくさそうにはにかむ。
六年という時間の隔たり。賢吾は今、二十五歳の路子を見ているのだから驚くのも無理はない。
「そ、そうかな?」
答えながら、賢吾の顔に深く刻まれたしわ、頭髪にかすかに交じる白髪が目に留まった。
いつの間にこんなに年を取ってしまっていたのか?
当時の自分が父の顔をまともに見ていなかったことに愕然(がくぜん)とする。でも賢吾はそんな路子の戸惑いなど知る由もない。
「いらっしゃいませ」
幼顔(おさながお)の数が、お冷やを出す。
「コーヒー」
「かしこまりました」
賢吾の注文を受けると数はキッチンに消えた。
ごめんなさい
沈黙。
言葉が見つからない。何を話せばいいのか? 賢吾の目を見ると熱いものがこみあげてくる。思いとは裏腹に目をそらしてしまい、それがまた気まずい空気を作りだす。無視していると思われたくはない。
(ごめんなさい)
何度も呑み込んだはずのこの言葉が口から出そうになった。その時だった。
「悪かったな」
先に切り出したのは賢吾だった。
「何が?」
路子には賢吾がなぜ謝っているのか見当もつかなかった。謝りたいのは自分である。
「大学にまで連絡して」
激高した自分の姿を思い出す。そんなことを気にする父だとは思わなかった。
「あ、ううん、私のほうこそ、全然連絡してなかったし……」
こわばっていた賢吾の表情が少しだけ緩んだように見える。母親が亡くなってから、路子は何かにつけて賢吾に反抗し、喧嘩(けんか)になることが多かった。賢吾にしてみれば、また喧嘩になると覚悟していたのかもしれない。
「あ、これ……」
思い出したように、賢吾は手に持っていた紙袋をテーブルの上に置き、
「お前が好きだったから」
と言って、中から小さな包みを取り出した。
「もう、冷めちまったけど……」
包みの中身はわかっている。路子の好きなたこ焼きだ。子供の頃、母親がよく買ってきてくれた、地元閖上のたこ焼き。歯応えのある串団子のようなたこ焼き。路子はこれさえあればいつでも笑顔になった。
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