首都圏大地震、「海に近い路線」津波対策は万全か 鶴見線の避難どうする、満員状態の訓練も必要

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筆者は2018年9月に横須賀駅で行われた同様の訓練に参加したことがある。このときもホームのない所で電車が停止し、車内放送でドアを開けるまで「3・2・1」とカウントダウンが発せられた。こうしたいつになく緊迫した車内放送が流れると、訓練参加者に緊張感が走ったのを覚えている。

前述のはしごを使用しない降車方法(ドアから線路まで飛び降りるのではなく、いったんドアの縁に腰掛けてからお尻をずらしながら降りる)は、通常に歩行できる人ならほとんどの人が問題なく行えていた。

このように対策はなされているが、大震災では想定外のことが往々にして起きる。

鶴見線の一部区間のように単線の場合はいいが、東海道本線・京浜東北線鶴見―新子安間や横浜駅付近など、複線や複々線以上で津波が想定されている区間に停車した場合、それぞれの線路の電車が停車したことを確認などしてからドアを開けることになる。その確認にどのくらいの時間がかかるのかの、丹念な実施訓練も必要だろう。

高齢者、妊婦、要介護者、車イスの乗客が多くいた場合、降車時やその後の歩行避難に予想外に時間がかかる可能性も高い。外国人への案内の問題もある。

乗務員が避難時に活用するというタブレットに関しても、杞憂に終わればいいが、気になることがある。バスの運転士による人身事故を取材した際のことだ。少年が乗る自転車の無謀な飛び出しでの重大事故だったが、このとき、運転士は気が動転して手が震えて、プッシュ式固定電話の数字ボタンをうまく押すことができなかったという。タブレット操作より簡単と思われる旧式の大きな数字のボタンをである。

満員状態での訓練が必要だ

同区間を走る湘南新宿ラインの場合など、15両の長大編成でラッシュ時の乗客は2000人を超える。これをわずかな人数の乗務員で避難誘導し、しかも津波が迫っているかもしれないという恐怖で興奮した乗客も多いとき、乗務員は指が震えてタブレット操作に手間取ってしまうことはないだろうか。そうならないためには、少なくとも日頃から相当な回数、操作訓練を行うことが必要なはずである。

以下は以前にも書いたことだが、重要な点なので繰り返して記述することをお許しいただきたい。

鉄道会社の訓練だけの問題ではなく、国や自治体とも連携して、満員に近い乗客(訓練参加者)を乗せて大地震発生を想定した訓練を行う必要がある。半日間ほど首都圏の電車を不通状態にして、緊急停止、津波注意区間では乗客の線路への降車、避難誘導などを真剣に行う訓練である。社会的コンセンサスも得られるのではないだろうか。

津波は、豪雨による水害と違って事前予測なく“待ったなし”でやってくる。そのための対策と訓練はまだまだ足りない。

内田 宗治 フリーライター、地形散歩ライター

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うちだ むねはる / Muneharu Uchida

主な著書に、『地形と歴史で読み解く 鉄道と街道の深い関係 東京周辺』(実業之日本社)、『外国人が見た日本 「誤解」と「再発見」の観光150年史』(中公新書)、『関東大震災と鉄道』(新潮社)など多数。外国人の日本旅行、地震・津波・洪水と鉄道防災のジャンルでも活動中。

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