牧師の僕が閉鎖病棟に入って気がついた「真実」 出会った人々は「社会の枠」から外れているだけ

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(沼田和也(ぬまた・かずや)/1972年生まれ。高校中退、その後入った薬科大学も中退するなどの紆余曲折を経て、98年関西学院大学神学部入学。2004年同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。31歳で伝道者の道へ。15年6月、職場でトラブルを起こし精神科病院の閉鎖病棟に入院。16年から東京の王子北教会で牧師を務める。(撮影:尾形文繁)
牧師として病人を見舞い共に祈ってきた──、そう自負していた著者。突如訪れた精神科閉鎖病棟での2カ月間、内に潜んでいた偏見や欺瞞を脱ぎ捨て、真の自分を探り当てていく心の旅。『牧師、閉鎖病棟に入る。』を書いた、日本基督教団の牧師、沼田和也氏に聞きた。

自傷行為を「間違い」と理解できない少年

──教会の幼稚園で理事長兼園長をされていたんですね。

当時、認定こども園移行への膨大な準備作業に追われていました。ベテランの副園長に実質任せながらも緊張の日々。牧師としての仕事はほとんどできなかった。集会の準備で聖書を手に職員室へ入ると、それは家でとクギを刺される。園長らしく経営に積極的な姿勢を見せてくれ、と。

俺は牧師や、幼稚園の仕事だけするために赴任したんじゃない、と怒りが込み上げた。徐々に気力を失い、職員の輪に入れなくなり、顔を上げて話すことができなくなった。よそ者が孤立していました。そしてある日爆発した。副園長を大声で罵倒し、職員室を飛び出した。修復不可能なトラブルを起こしてしまった、自分はもう死ぬな、それでいいと。

自分が病的な状況にある事実を認めることができないまま、妻に勧められ病院へ向かいました。

──そこで、外の世界では知りえなかった人々と出会いました。

同室の16歳の少年は人懐こくて優しい子でした。彼の元へ10代後半の仲間たちが毎晩集まってくる。彼らは私に興味津々でした。

あるとき自傷痕のある少年から「何でリストカットしてはいけないの?」と聞かれた。以前なら、神様が宿る貴い自分を愛そう、傷つけちゃダメだみたいな話をしたでしょう。でもそのとき私は黙り込んでしまった。自傷行為を“間違い”と理解できない、自分がそれまで出会ってこなかった人間だった。おそらくこうして隔離された空間のみが彼らの居場所。改めて、神が宿る貴い自分を信じているか自問すると、自分も信じちゃいなかった。きれい事でした。「いやあ」とごまかすしかなかった。

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