アルプスの少女「ハイジ」に見た資本主義の超過酷 ハイジ、ペーター、クララ…笑顔の裏の光と影

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『ハイジ』は、階級社会の現実もあぶり出します。

まず注目すべきは、ヤギ飼いのペーターです。毎日祖父の家に来るペーターはハイジの6歳上で11歳。アルムの少し下で、母と祖母と3人で暮らしています。同じヤギ飼いだった父は事故で亡くなり、現在は盲目の祖母の糸つむぎの内職と、近隣の家々のヤギを集めて放牧させるペーターのバイト料で、わずかな現金収入を得ています。

どの国でも子どもはかつて重要な労働力でした。産業革命以後は子どもが工場労働に駆り出されて社会問題化するのですが、スイスでは農畜産部門の児童労働も当たり前だった。ペーターもそんな子どものひとりでした。

ペーターの家は極貧です。古びた小屋は風が吹くとガタガタ鳴り、食事は硬い黒パンだけ。ペーターは11歳になるまで、お腹いっぱい食べたことがありません。ハイジはやがて、この家のおばあさんと大の仲良しになりますが、こんな小さな少女が気を揉まなければならないほど、この一家の状態は悲惨なのです。

しかもアニメでは聡明な少年に描かれているペーターは、粗野で愚鈍で勉強嫌い。学校に満足に通っていないため、知識もコミュニケーション能力も不足している。叱られるのではないかと年中おどおどしているし、いつも空腹なので、わずかな駄賃や食べ物にすぐなびく。絵本やアニメでしか『ハイジ』を知らない読者は驚くでしょう。

ペーターの性格や扱いがあまりにひどいので、高畑勲はアニメ化に際し、ペーターのキャラクターを変えざるを得なかったと述べていますし、本国スイスではシュピーリは山育ちの少年を差別しているといった声もあるそうです。しかし、これぞリアリズム。ペーターこそ、急激に資本主義化した社会の犠牲者ではなかったでしょうか。

ゼーゼマン家は資本主義社会の勝者

8歳になったハイジはフランクフルトに旅立ちます。フランクフルトで貿易商を営むゼーゼマン家のお嬢さまの相手」が目的ですから、手っ取り早くいえば「出稼ぎ」です。

フランクフルトはドイツ有数の大都市。当時のドイツはビスマルクによって統一されたばかりで、スイスとは比較にならない先進国です。その中心都市であるフランクフルトには人口が集中し、飛ぶ鳥を落とす勢いでした。

しかも、ゼーゼマン家は大金持ちです。ひとり娘のクララはハイジの4歳上の12歳。病弱で足が悪く、車椅子暮らしです。母は亡くなっており、仕事人間である父のゼーゼマン氏はあちこちを飛び回っていて、ほとんど家にいません。

〈ハイジがきてから、毎日、いろんなことが起こるの。毎日、とってもたのしいのよ。今までとは大ちがい。こんなにたのしいのは初めて〉というクララの証言は、それまでの暮らしがいかに単調で退屈だったかを示しています。

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