太平洋の真ん中でエンジン停止したらどうなるか そのときパイロットはどんな操作を行うか

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なお、ETOPS180を適用した運航が承認されるには、「飛行中のエンジン停止率が10万時間で3回以下」を満たす必要があります。これは、ほとんどのパイロットがエアラインに入社してから1回も飛行中にエンジンが停止する経験をしないまま定年退職を迎えることを意味します。

東京~ホノルル便に限れば、飛行中のエンジン停止の確率は0.024%ほどです。このように万が一にも満たない低い確率であっても、太平洋の真ん中でエンジンが停止することに備えて運航しているのです。

なお、飛行機はいつも燃料を満タンにして運航しているわけではありません。飛行計画立案の段階で路線ごとに、飛行重量や気象状態などをもとに搭載燃料量を算出しています。

このように決定した燃料量は航空法で定められている以上の量となるので、緊急事態が発生してもETPを基準にした意思決定をすれば安全に着陸することができるようになっています。もちろん、巡航中の通過地点において実際の残燃料量と飛行計画上の予想残燃料量を比較するなどの燃料管理に怠りはありません。

一見パイロットは暇そうにみえる巡航中ですが、以上のように緊急事態を想定した事項の定期的な確認や実施しなければならない操作などが多くあり、決して暇ではないことがわかります。

パイロットに「迷っている時間」はない

このように意思決定が迫られるような場面は、出発準備から到着するまでの各飛行段階にあります。どの段階であっても、「fly first」つまり安全に飛行を続けることを最優先にしなくてはなりません。

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そして、意思決定には時間的余裕があまりないことにも注意が必要です。例えば、離陸を開始して前方から滑走路の末端が迫ってくる緊迫した状況において突然エンジン故障が発生した場合、離陸中止の判断が遅れるとオーバーランする恐れがあります。

逆に継続の判断が早すぎると残りのエンジン推力で加速を続けても滑走路内でリフトオフできる速度に達しない可能性があります。「行くべきか行かざるべきか、それが問題」などと迷っていたら、毎秒90m以上も無駄に進んでしまうのです。

中村 寛治 航空解説者

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なかむら かんじ / Nakamura Kanji

神奈川県横浜市出身。早稲田大学卒。全日本空輸株式会社にて30数年間、ボーイング727、747の航空機関士として国内の主要都市、世界10カ国以上、20都市以上の路線に乗務。総飛行時間は1万4807時間33分。

現在は、エアラインでのフライト経験を生かし、実際に飛行機に乗務していた者から見た飛行機のしくみ、性能、運航などに関する解説や文筆活動を行っている。

おもな著書に『カラー図解でわかるジェットエンジンの科学』『カラー図解でわかるジェット旅客機の操縦』『カラー図解でわかるジェット旅客機の秘密』(サイエンス・アイ新書)、『ジェット・エンジン(運用編)』『空を飛ぶはなし』(日本航空技術協会)、『面白いほどよくわかる飛行機のしくみ』(日本文芸社)などがある。

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